合鍵をどうぞ 03


千秋と祐介がレジに並んで待っていると、やがてやってきた尚樹が当然のように会計を済ませた。
「力仕事は体力の有り余っているヤツにやらせれば良いから、祐介は無理するなよ?」
どうしても手伝いたいと言う祐介にそう言うと、尚樹は怪我をしていない方の手に買出しの荷物を持って、マンションへと戻った。
「ふぅ〜ん、尚樹君も恋人には本当に優しいのね」
いかにも意外だという口調の千秋には応えず、寧ろ祐介の方が真っ赤になって反論する。
「こ、恋人って…///」
「あら、今更照れることはないでしょう? 嬉しいわぁ〜こんなに可愛い義弟ができるなんて、ね♪」
「義弟って…えっ?」
既に政樹と千秋の仲は双方の両親も公認で、実質婚約しているようなものである。
だからこそのこの話題なのだが、言われる祐介は話しの飛躍についていけないでいた。
さらには、尚樹までが
「水沢、それを言うなら『義兄』だろ? お前から見れば俺たちは『兄夫婦』だからな」
「あ、そうね」
「ちょ、ちょっと! そこで納得しないで下さいっ!!」
と、完璧に遊ばれているのは眼に見えている。
一卵性双生児で顔は当然、体格などといった後天的なものまで瓜二つの尚樹と政樹である。
だが、千秋が選んだのは政樹だけで、千秋は、実の親でさえ幼少の頃は間違えることがあったという二人を、全く違うと認識していた数少ない人種の一人でもあった。
確かに外見は瓜二つで、黙って立っていれば区別がつかないであろうと言うことも事実。
だが中身は ―― 人当たりがよく誰とでも友達になれる政樹とは異なり、尚樹は自然に人の上に立つタイプで。
いわば生まれながらの支配者というべきか。
他人を導くことはできても、他人と並び立つことは決してできない。
そんな孤高な所があって ―― 。
だから尊敬はされているが、友達と呼べるものは思いのほか少ない。おそらく生徒会の中でも本当に尚樹を理解しているのは副会長の慶一郎と、幼馴染でもある弥生くらいなものであった。
そんな尚樹が祐介相手にはここまで振り回されるなんて ――
(それだけ可愛くて仕方がないってことなのね。ま、判る気もするけど)
とは、正に鬼の首を取った気分の千秋である。
勿論そんな事を口に出して言えば ―― 報復は政樹に向けられるのが判っているから、黙っているが。
(でも、まぁ、見てるだけくらいなら役得よね)
と往来にも関わらずじゃれているような二人を見守りながらマンションへの帰路に付いたそのとき、
「尚樹!」
一台の車が止まり、中から声がかけられた。
「今日、引越しだったんだってね。僕も手伝うよ」
そう言って艶やかな笑顔を見せたのは、紛れもなく克己であった。



「…ホントに何にも残ってなかったの?」
つい先日まで自分が住んでいた部屋に入るなり、克己は呆然としたように呟いた。
中には既に真新しい家具類が運び込まれてそれぞれの場所に設置されており、既存のものといえば作り付けのクローゼットくらいなものである。
「ないよ。っていうか、あったけど持って行かれた」
「持って行かれた? 誰に?」
「ってそりゃあ、勿論、『あの人』に決まってるよ」
正確にはその部下であるが、命令したのは『あの人』であることは間違いないので、尚樹はそう応えておいた。
克己がこの部屋を引き払ったのは10日ほど前の事。その時も突然『あの人』なる人物に荷物を運び出されてしまっていたのだが、その後2度ほど自らもここに足を運び移動の手配はしていた。
克己の新居は言わずとしれた『あの人』の元であるため、はっきり言って殆どの大型家具は必要なく、持ち込んだのは机と簡易ベッド兼用のソファーとパソコンくらいなもの。
あとは本とか着替えとかそう言った小物ばかりで、最後にこの部屋の鍵を閉めたときも、見た目では引越しをした後とは思えない家具の配置だったはず。
それが、克己に断りもなく動かせる家具は全部どこかへ持って行ったらしいと聞いて ――
「もう…龍也ったら、何考えてるんだろうね。尚樹に貸す事にしたからって言っておいたのに!」
と怒って見せる克己であるが、そんなことははっきり言って判っている。
そう、判っていないのは克己くらいなもので ――
「っていうか、何で気が付かないんだよ、克己さんは?」
「だって、克己兄さんだぜ」
「…ま、そうか」
とは政樹と慶一郎の会話である。






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初出:2004.04.19.
改訂:2014.09.28.

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