合鍵をどうぞ 04


何せ、一時期は尚樹が恋焦がれていたとされている克己である。
千秋や慶一郎も克己とは面識があり、その美貌には見慣れているはずだったのだが、この日久しぶりに見てその豹変とも言うべき変わり様には息を飲まずにいられなかった。
この日の克己は白のカッターシャツにストレートジーンズという、本当にラフな格好であるにも関わらず、その匂い立つよう艶っぽさは尋常ではない。そのくせ天使のようにあどけない仕草で笑うから目も離せないときている。
おかげで政樹も慶一郎も何度足の上に段ボール箱を落した事か。
しかも本人は全く自覚がないから、二人が段ボールを落すたびに怪我の有無を確認しに近づくために心臓に悪い事この上なくて。
流石に千秋も克己相手に張り合う気はないので冷ややかに見守っているだけであるが、現在フリーの慶一郎には針の筵も同然である。
更に本人は気が付いていないが、緩めた襟元にはうっすらと桃色の所有印が刻まれているとなれば ―― 青春真っ只中の高校生には刺激が強すぎるというものであった。
(相手があの人じゃなけりゃあ…押し倒しちゃうよなぁ)
尤も、そんなことをすればそれこそ命の保証はないという事は判っているが。
でも冗談ヌキに、自分の今後の将来と天秤にかけてもいいかもしれない思うほどにキレイで ―― それほどの美貌を惜しげもなく晒している克己である。
当然『あの人』なる人物が心配になるのは間違いないだろう。
ついでに言えば、例えもう要らない物でも、克己が使っていたものを誰かに譲ることさえ嫉妬してしまうほどに ―― 。
そして、そんな事には全く気が付かない克己だから、危ない事この上ないというもので。
「克己さんの相手って、絶対に苦労するよな」
「うん。ま、仕方がないんじゃない? 克己兄さんをモノにした天罰でしょ」
と頷きあっている政樹と慶一郎であった。



祐介は肩の件があるからと、力仕事ではなく簡単な片付けの方を手伝っていると、そこへ同じく力仕事から追い出された克己が様子を見に来た。
「唐沢君、肩の調子はどう? あんまり無理しないでね」
そう言ってニッコリと微笑まれると、流石に祐介もドキリと心臓が高鳴る。
「大丈夫です。あ、その節は本当にお世話になりました」
「いえいえ…それよりも、ちょっとでも痛むようだったりしたら早めに診てもらうようにしてね」
そう言って心配気に覗き込む表情には全くと言っていいほど邪心がなくて。
ピュアという言葉がこれほど似合う人はいないだろうと思ってしまう。
他人を疑うという事をしない、まっすぐな瞳に見つめられれば、そんな克己にさえ嫉妬してしまいそうな自分の汚さをイヤでも思い知らされて。
祐介は自然と表情が暗くなってくる。
(克己さんみたいな人にまで嫉妬しちゃうなんて…僕ってダメだな)
五十嵐家の人間にとって、克己は特別な存在だという事はちゃんと理解しているつもりだった。
実際に千秋だって政樹が克己と話しているところを見ても何の変わりもなかったはずだった。
だから自分だって尚樹が克己と楽しそうに話していても平気でいようと覚悟はしていたのに、それでもやはり不安な気持は止められない。
(神様って意地悪だ。こんなにキレイで優しくて、誰からも愛されちゃうような人を作っちゃうんだから…)
それに比べて自分には何があるだろうと、比べても仕方がないような事を比べるのが情けない。
どんなに比べても ―― 比べれば比べるほど自分には何もない事が判ってしまうのに。
ますます惨めになるのは判っているのに ―― 。
そんな気持に襲われて、祐介は今にも泣きそうな顔になっていた。
それを、克己は ――
「…ありがとう、ね」
ポンポンと祐介の背を叩いて囁いた。
「尚樹を好きになってくれてありがとう。唐沢君なら、きっと尚樹を幸せにしてくれるね」
「克己…さん?」
「だから、もっと自信を持って。こんなこと僕が言うことじゃないけど…尚樹が選んだのは君なんだから、ね」
そう言って克己は祐介を宥めると、まるで悪戯をした子供のようにウインクをして合図する。
それに気が付いて祐介が振り向けば ――
「あ…尚樹…先輩」
そこにはどこか照れたような表情の尚樹が立っていた。






03 / 05


初出:2004.04.19.
改訂:2014.09.28.

Dream Fantasy