合鍵をどうぞ 05


殆ど荷物の片付けも済み、あとは尚樹自身が手を出さなければ判らないようなプライベートのみになった頃、何の前触れもなく玄関のドアが開けられた。
「全くお前は…あれほど勝手に出歩くなと言っておいただろうが?」
リビングで休憩していた全員の視線を浴びながら、突然の乱入者が見ているのはただ一人、
「え、龍也? 何でここが判ったの?」
「そんなことはどうでもいい。帰るぞ」
「ちょ、一寸待ってよ」
ずかずかと入ってきて当然のように克己の腕を掴んで。勿論あまりのことで他の連中はただ見守るばかりである。
何せ、相手は関東最大のヤクザの組長。その精悍さや研ぎ澄まされた雰囲気は、流石に尚樹でも一歩及ばないところで ―― 。
『うわっ、ホンモノ?』
『克己さんとは別の意味で素敵だけど…怒らせたら恐そうね』
『っていうか、命の保証はありませんって感じだよな…』
とは、慶一郎・千秋・政樹の囁きである。
勿論、そんな事は露ほども思っていない克己は、
「そうだ! 龍也、ここにあった僕の家具とか、どこにやったの!」
思い出したそのことを言及する事を忘れず、
「軽井沢に別荘を買ったからな、そっちへ運んでおいた」
「運んでおいたってね、ここは尚樹に貸す事にしたって言ったじゃない」
「ああ、聞いた。でも、別にお前の使っていた家具類まで貸す事はないだろ?」
丁度別荘の方が空いていたからと龍也は言うが、この場にいた克己以外の全員が確信していた。
(ぜーったい、克己兄さんの荷物を運び込むために別荘を買ったんだ!)
普通、そこまでするかという気もしないではないのだが、天下のヤクザの組長がわざわざ自ら迎えに来るほどの入れ込みようを考えれば、思いっきり納得も出来るというものである。
更には、ポケットから無造作に一枚のカードキーを取り出して尚樹に投げると、
「俺が持っていたここの合鍵だ。克己、お前のは?」
「もう尚樹にあげたよ」
「じゃあ、もう用件は済んだな」
というや否や、抱え込むように克己を連れて行ってしまった。



あっという間に克己が連れ去られてしまうと、流石に残された方も呆気に取られて ――
「克己さんって、本当に愛されてるのね」
そう呟く千秋の言葉が妙に共感を覚える一方で、どっと疲れを感じてしまったのは言うまでもなく。
「おい、尚樹。あとはお前と唐沢で片付けろ。俺たちは帰るからな」
力なくよっこらしょと立ち上がった慶一郎の言葉で、政樹や千秋も帰り支度を始める。
「礼は後ほど返してもらうからな。ま、せいぜいがんばれよ」
とは帰り際の慶一郎の台詞で、
「フン、余計な世話だ」
と返す尚樹に、祐介は首を傾げるばかりであった。
とはいえ、気が付けばマンションの一室に尚樹と二人きりという状況である。
流石に気まずくなった祐介は、
「あの…お茶でも淹れましょうか?」
「…そうだな。ああ、いい、俺が淹れて来る。コーヒーでいいか?」
「はい、ありがとうございます」
そうしてソファーに座って待つ事、数分。
「熱いから気をつけろよ」
「はい」
ニッコリと微笑んで受け取ったカップは尚樹とペアになったもので、
「あの、このカップ…」
「ん? ああ、水沢が引っ越し祝いだとか言っておいていった。そっちはお前専用だとな」
と言われては、赤面するしかない。
「もう、皆さんで僕の事、からかってません?」
「からかってなんかないさ」
と、急に真顔で言われると、祐介は慌ててカップに口をつけた。
「熱っ!」
「大丈夫か?」
慌てて口に入れたためちょっと舌を火傷したらしく、祐介は無意識に舌を出して見せて ――
「え? あ…」
気が付けば、いつのまにか正面に立っていた尚樹に深く口付けされていた。






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初出:2004.04.19.
改訂:2014.09.28.

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