Smilingly 08


教えられた部屋番号は、最上階にあった。しかも、ワンフロアを独占していると言うことに気が付いたのは、実際に向かってからである。
流石にコレだけの高級マンションで独占とは、あの久嶋隆幸と言う男が何者なんだという気がしなくも無いが ―― それよりも気がかりなのは直哉のことだ。
「いらっしゃい。直哉君はこちらですよ」
ドアを開けた部屋の主に軽く会釈をして、俺は案内されるままに中へと入った。
室内は、一見して一流ブランドとわかるインテリアに満ちていたが、必要以上なものがないためにシンプルに統一されている。その中にいてこの男が全く違和感が無いのだから、恐らくこういうものに囲まれる生活に慣れ親しんでいると言うのは確信できる。
「どうぞ、こちらです」
広いリビングの先にある一室に招いて、彼はドアをノックしようとした。しかし、
「ちょっと待ってください。ホントにいいんですか?」
ここまで余りにスムーズに進んでしまったため、逆に警戒心が起きるのは仕方がないと思う。なんて言ったって昨日の今日だ。
しかし、肝心のこの男は、
「何がです?」
と全く気にした素振りも無い。
「俺…僕が直哉君に逢うこと、反対されてるんじゃないんですか?」
別に俺は根に持つタイプというわけではないが、昨日の口調では余り歓迎されていないとしか思えなかったからな。しかし、彼は、
「僕がどう思っているかは関係ないでしょう? 直哉君だって三つや四つの子供じゃないんですし。ただ、昨日のことを気にしているなら、それは僕の言い方が悪かったということですね」
「失礼ですが、直哉…君とは、どういう関係なんですか?」
構えてさりげなく聞いたつもりだが、そう尋ねた瞬間、その人は意味深な笑みを浮かべてはぐらかした。
「それは…直哉君にお聞きなさい。僕が言うよりその方が信用できるでしょう?」
そう言いながら彼は扉をノックした。
「直哉君、入りますよ」



シンプルといえば聞こえがいいが、本当に必要最低限のものしかない部屋の奥で、直哉はベッドに横になっていた。
「あ…永森君? どうして…」
「ああ、気にするな。横になってろよ」
起き上がろうとする直哉を遮って、俺は近くにあった椅子に座った。顔色は悪くは無いが心持ち赤い気がする。
熱でもあるのか目が潤んで、少しぼうっとした感じが ―― こんなときだが色っぽい。
「風邪を引いたって聞いたからな。昨日、連れまわしすぎたかなと思って。大丈夫か?」
「風邪 ―― ?」
一瞬何のことかという表情で直哉は俺の後ろに立っている隆幸さんを見やり、サッと頬を赤らめた。
「学校には風邪ということにしておいたんですよ。まさかこの年で知恵熱とは言えませんからね」
「た、隆幸さんっ!」
「クスっ…何か冷たいものでも持ってきますよ。溜め込んでばかりいないで、ちゃんと言うべきことは言いなさい、直哉君。いいですね?」
「…///」
そう言いながら出て行く隆幸さんに構わず、俺は今の会話を頭の中で反芻していた。
風邪じゃなくて知恵熱だって?
それって ―― ?
「あ、あの…来てくれてありがとう…」
半分顔を布団の中に隠すように、直哉はそう呟いた。その声に俺も慌てて現実に戻る。
「あ、いや、俺のせいかなって思ったから…」
「ううん、そんなことないよ」
「そうか? でも…ホントのところはどうなんだ? 風邪じゃなかったのか?」
「違いますよ」
とは、飲み物を持って入ってきた隆幸さんだった。
隆幸さんはサイドテーブルに飲み物を置くと、綺麗な顔に少し小悪魔的な笑みを浮かべてこういった。
「永森君のことをどう思っているのか、ちゃんと考えて御覧なさいっていったら熱を出したんですからね。これが知恵熱でなくてなんていうと思います?」
え? それって…
「直哉君は僕の大事な義弟です。泣かせたら…承知しませんよ」
更にはそんなことを言って ―― しかも目が笑ってなかったぜ ―― 隆幸さんが出て行った。
義弟 ―― だって?
俺は恥ずかしそうに顔を布団に隠している直哉に尋ねた。
「義弟って…お前、姉さんがいるのか?」
「…ううん、いるのは兄さんだよ。腹違いだけどね」
「え? でも…」
「隆幸さんは兄さんの恋人だよ。男同士だけど…」
真っ赤に頬を染めて、直哉は恥ずかしそうに呟いた。
ちょっと待て。ってことは…
「直哉」
俺はそっと布団をはいで直哉の顔を見ると、上から覆いかぶさるように覗き込んだ。
「俺はお前が好きだ。多分、初めてあったときから。お前は俺のことをどう思ってる?」
滅茶苦茶単刀直入 ―― でも、伝えたいのはこの一言だから、何も飾る気なんてさらさらない。
そして直哉の方も、ちょっと怯えた ―― でも逃げようとしないで、潤んだ瞳を真直ぐに見上げて俺に応えた。
「…僕も好き…だと思う…」
おどおどと、でもあのあどけない笑顔が真直ぐに俺に向けられて ―― 俺はそっと直哉の唇を重ねていた。
流石にそれには吃驚したようで、でも見上げてくる直哉の瞳はキラキラと輝いて、その笑顔は俺を安心させると共に愛しい唯一のモノになった。






07 / epilogue


初出:2003.11.08.
改訂:2014.09.20.

Fairy Tail