Finding me 03


目が覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。
ベッドと作り付けのクローゼット。シンプルだけどセンスのいい部屋。
でも、見覚えはない。
「気が付いたか?」
ふと聞き覚えのある声がして、俺は視線をずらした。
「あ…尚樹…先輩?」
なんで尚樹先輩がいるんだろう? まさか、姉貴に…?
でもそれならあの姉がここにいるはずだ。
「どうだ? 気分は…」
「どうって…」
よく状況がわからないままでも、ここが俺の部屋じゃないのは確かで、尚樹先輩の部屋でないのも確かだということは気がついた。
じゃあここは?
大体、何で俺はベッドに寝てて、それにこの服も俺のじゃなくて…と身の回りから確認していたら、不意に思い出した。
むっとする血の匂いと、排水溝に流れていく真っ赤な水 ―― 。
その中に倒れていた久哉の姿。
「あ、久哉…は?」
「…死んだ」
「う…そ。なんで…」
お前だってアレを見ただろう? どう考えたって生きてるわけないじゃないか ―― 。
どこか遠くのほうで冷めた自分がそう言っていたが、感情は否定を望んでいた。
だって、なんで久哉が死ぬんだ? ついさっきまで、俺を散々抱きしめてくれたのは久哉だったはずだ。
「朝刊には間に合わなかったから、テレビのほうが詳しいことを言っている。起きて見に行くか?」
戸惑う俺に、尚樹先輩は恐ろしく事務的にそんなことを言ってくる。
それは自分の目で確かめろって言うことなんだろうけど、俺に否やはなかったから、ただコクンと頷いた。
そしてゆっくりとベッドから身体を起こし、初めて自分の格好に気が付いた。
誰の服かは知らないけど、かなり大き目の男物のシャツのおかげで、ズボンも履いていなくても一応下半身は隠れている。
尚樹先輩は俺のそんな様子を見ても何もいわず、ただ、テレビのある部屋へと案内してくれた。その間、俺を気遣うような素振りもしない。
「この時間だと、ワイドショーしかないな。点けるぞ」
「うん」
ゴクリと息を飲む。
スイッチを入れても、画面はすぐには映し出されなかった。
音だけが遠くのほうから聞こえ、やがて久哉の顔写真と見慣れたビル街が映し出される。
その映像の上に、書きなぐったようなテロップが踊っていた。
―― 無謀経営の精算
―― 追いつめられた御曹司の自殺
―― 深夜ホテルの惨劇
テレビの中では、レポーターが得意気に久哉のことを紹介していた。
かつては、パリでも名を轟かせた女流デザイナー高野久巳の一人息子。
かつては世界のファッション界をリードしてきた高級オートクチュール店「TAKANO」の二代目。
そして、
「どうやら、一年程前から経営は悪化して、むしろよくもったほうだったらしい。先日二度目の不渡りを出して、会社更生法の適用 ―― つまり倒産だ」
「う…そ。そんな話…聞いてない」
「みたいだな。弥生も知らなかったって言っていた」
尤も、お前があの男と付き合っているということには薄々気付いていたらしいぞと言われて ―― そうだろうなと納得する。
あの姉に隠し事ができるとは思ってないからね。
でも、
「挙句にお前と無理心中 ―― でもお前を殺しそこなったってところだな」
BGMのように流れるレポーターの声に、事務的な尚樹先輩の声。その全てが、アレが現実だったと伝えてくれた。
はっきり言ってショックだ。
そりゃそうだろ、つい数時間前には俺を抱いた男が自殺したって言うんだから。
しかも ―― 俺を道連れにしようとしたと。
何も言わず、ただ道連れに ―― 。
「…そっか、そうだよね。俺に言ったってなぁ〜んにもならないもんね」
なんだかもう、ただ可笑しくて、涙さえ出てこない。
所詮、久哉も皆と同じだったって訳だ。
俺のことを、何でも言うことを聞くお人形くらいにしか思っていなかったと。
肝心なことは何も教えてくれないってことは、判ってたはずだったけど。
「ごめん、先輩。俺、疲れちゃった。一眠りしていい?」
「…ああ、そうだな」
中途半端な優しさなんて欲しくない。だから、そっけない尚樹先輩の態度ははっきり言って嬉しかった。






02 / 04


初出:2004.01.24.
改訂:2014.09.13.

Studio Blue Moon