Finding me 05


次に目が覚めたときには、外はすっかり日も暮れたようだった。
開け放しのカーテンの向こうはネオンが煌く都会の夜で、このときになって初めて俺は、ここが繁華街に近い建物の一室だったことに気が付いた。
ただし、こんなところに住んでいる人間には心当たりがないのは相変わらず。
(ここ…どこだろ? 尚樹先輩は…?)
一眠りする前に尚樹先輩に見せられたのがお昼のワイドショーだったから、外の様子と比較して、4〜5時間は寝てたってことになると思う。
幾ら外見では面倒見のいい尚樹先輩だって、まさかその間ずっと俺についていてくれるということはないから、多分帰ったんだろうなと納得した。
そりゃそうだよな。誰だって、自分が一番可愛いし、俺みたいな厄介者の面倒なんて見てられないさ。
そんな自嘲を浮かべながら、俺はドアを開けて寝室をあとにした。
次の部屋は、これもまたセンスのいいリビング。奥にもう1つ部屋があるみたいだから、間取りとしては2LDKって言うのかな?
落ち着いたモノトーンをメインとした家具類が凄くシックで、それでいて適当に私物らしいものが乱雑な置き方をされているから、冷たいとかという感じもしない。
そういえばさっきテレビを見に来たはずなんだけど ―― あの時は色々動転してたから部屋の様子なんて気にしてなかったな。
だけど、今改めて見回すと、はっきりいってこのセンスは俺も好きだ。
久哉の部屋と来たら、いかにも豪奢という感じで、どっかケバい感じが抜けなかったから、あれと比べると絶対こっちのほうが ―― と、自然と比べる自分に驚いた。
比べたって仕方がないのに。
もう、久哉はいないんだから ―― 。
―― カチャ
不意にドアが開いた。
「何だ、起きたのか?」
そう声をかけられて、俺は軽く頷いた。
そこに立っていたのは、全く見覚えのない男の人。
年は、多分尚樹先輩より上だろう。
シャワーでも浴びてきたのか、頭からタオルを被ってガシガシと拭きながら現れたその人は、研ぎ澄まされたって感じの二枚目で、でも眼がとても優しかった。
「起きても大丈夫なのか? 熱とかは…なさそうだな」
タオルを首にかけて俺に近づくと、その人はそっと大きな手を俺の額に当てた。
まるで当たり前という感じの仕草に、俺もなされるままになっている。
「腹とか減ってないか? 何か簡単のものでも作ってやろうか?」
くしゃっと前髪をかきあげて頭をなでられると、いつもなら子ども扱いされることに腹も立つはずなのに、なぜかこの人にはそんな気が起こらない。
むしろ、額や頭に触れていた手が離れていってしまうことが寂しくて、縋りつきたくなるくらいだ。
「あ、あの…ここは…?」
そのままキッチンに向かうその人の背中に、俺は震えるような声で尋ねた。
振り向いたその人は ―― ニヤリとどこか苦笑交じりに、
「ここは俺の部屋で、俺は貝塚幸洋。お前が泊まっていたホテルでバイトしてたんだ」
それだけ言うと、手馴れた仕草でキッチンのガスレンジに火をつけた。



彼が作ってくれたのは、温かいリゾットだった。
「あちこちでバイトしてるからな。結構、料理の腕は自信があるんだぜ」
結構なんて感じじゃなく思い切り自身満々に出されたけど、流石にそう言うだけあってすごく美味い。
身体に染み入るっていうか、胃にも優しくて和んでくる。
「食欲があるっていうのはいいことだな。ま、これからのことはゆっくり考えて、好きにするがいい」
「え? でも…そんなにご迷惑をかけるわけには…」
単なる通りすがりに近い初対面の人に、そんなに迷惑をかけて平気でいられるほど俺は神経が太くない。
でも、彼はそんな俺の遠慮なんか気にしないで、
「尚樹に聞いてたのとは随分違うな。もっとずうずうしい奴だと思ったぜ」
そんな風に言われると ―― どんな噂をされてるんだ?という気がしないでもない。
彼 ―― 貝塚さんは俺と同じ桜ヶ丘学園の生徒で、尚樹先輩と同じ高等部だそうだ。学年は三年 ―― ってことは俺より4歳上ってわけだ。
桜ヶ丘学園ははっきり言って上流階級の子弟が通うという名門校。
その中でバイトだとか言っているというのは珍しいことなんだが、聞けば生徒会役員をしていて、1年の尚樹先輩を推薦したのも彼だって言うから、それなりにデキル人なんだろう。。
「たいした事はないさ。ただ単に、俺は自分の負担を減らしたいだけ。尚樹は使える奴だからな」
「そ…うですか?」
あの尚樹先輩を「使える」って言っちゃうところが凄いと思うんだけど ―― と思っていると、更に彼は物凄いことを言ってくれた。
「そうそう、メシ食ったら風呂に入るといい。一応、綺麗にしてやったつもりだが、やっぱり自分で洗った方が安心するだろ?」
「え? あ…まさか…?」
その瞬間、カァッと顔が赤くなる。
そうだ、あの時 ―― 部屋で気が付いたとき、俺は久哉に散々抱かれた後だったはず。もちろんシャワーどころか汚れを拭ってもいなくて ――
「一応、隅々まで綺麗にしてやったつもりだけどな。勿論、中も掻きだしておいたし」
そう言ってニヤリと笑う姿は ―― はっきり言って意地悪そのものだ。
挙句に、
「歩けないなら抱いていってやろうか」
「結構です! 一人でいけます !!」
そう言うと、俺は慌てて風呂場に逃げこんだ。
だから ―― その後、彼が苦笑交じりに呟いた言葉には気がつかなかった。
「フン…あれだけ元気なら、心配ないな」






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初出:2004.01.31.
改訂:2014.09.13.

Studio Blue Moon