Finding me 06


ユニットのバスルームには等身大の鏡が嵌め込まれていて、そこに映った自分の姿が酷く汚く見えた。
もう14にもなるというのに、手も足も ―― 全体的に細くて華奢な体。
夏の海に行っても赤くなるだけで日焼けしにくい肌は、それでなくても生白い感じで嫌いだったのに、今日は更に輪をかけて青白くて ―― まるで死人みたいにくすんでる。
と同時に、バスルームの赤い水と倒れていた久哉を思い出して。
俺は慌てて身体を洗うとバスタブに飛び込んだ。
「…っ痛」
湯船に入ると同時に身体を刺す痛みに気が付く。これは多分傷になってるんだろうなと思いつつ、そこに触れるのは嫌だった。
久哉に最後につけられた痛みだということが、なんだか無性に気持ちが悪い。
まるで自分がモノ扱いされたようで。
人間として扱われていなかったと思い知らされたようで。
久哉と俺は同じ立場だと思っていたのに、それさえも否定された証のような気さえしていた。
「結局、みんな自分だけが可愛いんだよな…」
首に残っていた痣を見れば、それでも一緒に連れて逝こうとは思った ―― 逝くかどうか聞いてはくれなかったけど ―― というのは確かで、それは少なくとも側に置いておきたいと思われていたのだろうとは考えられなくもなかったけれど。
でも、それだってただ単に一人が嫌だったからに過ぎないという気もするし。
「…もう、訳わかんないよ…」
身体がお湯で温まると同時に、心だけがどんどん凍り付いてくる気がしてくる。
落ち着けば落ち着くほど、自分がなんだったのだろうという気がしてきて。
久哉にとっての俺とか、俺にとっての久哉とか ―― とにかく頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。



そもそも久哉と付き合い始めた理由は ―― 「恋」のひとつでもすれば自分が変れるかもしれないと思ったからだった。
気が付いたときには踊りの世界に入っていて、ろくに初恋なんてしたことがなかったからそういう気持ちは良く判らなかった。
それが癪なことに、踊りでは恋焦がれる役とか結構あって、振り付けだけなら完璧でも気持ちがわからないから感情移入ができなかった。
だって、「死んでもいいから逢いたい」とか、「一緒になれないなら死んでもいい」とか。
そんな気持ち、俺には理解すらできなかったから。
そんなに好きになれる人なんて、いたことがなかったから。
うちの親はそりゃあ年中ラブラブのおしどり夫婦だけど、一緒にいて当たり前って感じだったから ―― そんな切ない気持ちなんて想像できなかった。
だから誰かと付き合えばそんな気持ちも判るかとも思って。
その相手を久哉にしたのは ―― 久哉が優しくしてくれたから。
前から俺には色々とプレゼントとかしてくれたし、色んなところに連れて行ってもくれたし。
「…ってコトは、俺も久哉を利用してたってコトだよな」
そう気が付くと ―― 自分もサイテーな人間だと改めて思い知る。
道連れにしようとした久哉のことをとやかく言う権利は俺にはない。
俺も久哉も同じ ―― 自分の打算でお互いを利用してたんだから。



「長風呂が好みか? 沈んだのかと思ったぜ?」
バスルームから出てリビングに戻ると、そこには貝塚さんが待っていた。
ミネラルウォーターの入ったグラスを渡されたので、それを手にとってソファーに座った。
「あ、コレ借りたけど…」
「ああ、そう思って出しといたんだ。サイズが合わないのは諦めろ」
俺が風呂に入っている間に、着ていた物はみんな洗濯機に放り込まれていて、その代わりにおいてあったのは真新しいバスローブ。
タオル地が素肌に気持ちがいいけど、下に何も着ていないって言うのはちょっと恥かしい。
尤も、この人にはもっと恥かしいトコロを見られているらしいけど。
「どうした?」
「え? あ…何でも…」
「…うだうだ考えても仕方がないな。とにかく今日はさっさと寝ろ。考え事は明日にしとけ」
そう言って頭をくしゃっと撫でてくれて ―― そんなさりげない気遣いがズキンときた。
こんなときなのに、すごく嬉しいと思う。
誰かに心配されるのは、はっきり言って好きだ。
少なくとも、今はその人が俺のことを考えてくれていると思うから。
例えそれが打算でも、その人の心に俺がいると思うから。
「ったく、言ってる側から考え事か? あんまり悩むとはげるぞ」
「あ、ごめんなさい…って、それはないでしょう?」
「なんだ、反論する気か? はっ、いい度胸だな」
思いっきり鼻で笑われて ―― この人、何でこんなに自信満々なんだろう? 多分性格なんだろうけど、度胸がいいとか言うレベルじゃないね。
―― なんて考えていたら、ふわっと抱き上げられる気配を感じて、俺は慌てて彼の首に縋りついた。
「きゃっ…な、何?」
「ほっといたらお前、一晩中でも考えてんだろうが?」
そう言って彼は俺を ―― 俗に言うお姫様抱っこして、足でベッドルームのドアを開ける。
「しかしお前…軽いな。もっと肉つけたほうがいいぞ」
「余計なお世話です! 降ろしてください!」
「あ、そう? じゃ、ほらよ」
と落されたのはベッドの上。しかもビックリして慌てる俺の意思なんかは全く無視で、隣にもぐりこむと俺を抱きしめて布団を被った。
「え、あ、何するんです !?」
「何って…寝るんだよ。あ、ヘンな意味じゃないぞ」
「当たり前です!」
っていうか、一緒のベッドで寝るってこと? そりゃあ、結構このベッド広いから二人で寝ても狭くはないけど。
「まさかお前、俺にあっちで寝ろとか言う気じゃないだろうな? ここ、誰の家か判ってるだろ?」
「判ってますよ。でも…だったら僕がソファーに行きます」
「馬鹿。そんな事させたら俺が尚樹に怒鳴られるだろうが」
「でも…」
だからって一緒になんてのは幾ら何でも。
そもそも、一緒に寝るのはともかく、抱きしめるのは止めて欲しい。
「せめて離してくれません?」
「却下。ほらさっさと寝ろ」
って言われて ―― 眠れるほど俺は神経が太く出来てはないだけど。
でも ――
「泣きたいなら泣いても構わん。だが、もう一人で泣くのはやめろ」
そういわれた途端 ―― 塞き止めていた何もかもがあふれ出したような感覚が背中を走った。






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初出:2004.02.07.
改訂:2014.09.13.

Studio Blue Moon