降ってきた猫 1st. Photo. 02


見るからにヤバそうな連中だ。できればお近づきには一番なりたくないタイプ。
だから、
「えっと…そこの塀を越えて行きましたけど…?」
俺は見たままのことを言ったんだが、
「ああ? こんなところを乗り越えたっていうのか? ウソつくんじゃねぇよ」
…やっぱりな。そりゃ信じられないか。
それどころか、
「そうか、お前らグルだな」
「逃がしやがったのか、いい度胸じゃねぇかっ!」
なんでそうなるんだよ? と言いたいが、うん、アイツが言ってたとおり、こいつらホンモノの馬鹿だ。
「俺たちから逃がすなんて、随分と舐めた真似してくれるじゃねぇか? ええっ!」
「…はぁ?」
勿論そんなことはこいつらだって信じちゃいないのだろう。
ただ ―― さっきのアイツを見失った八つ当たりでしかないはずだ。
しかも俺がつい聞き返したりしたもんだから、ますますやつらの気に触ったらしい。
「しらばっくれてんじゃねぇよっ!」
こういう馬鹿には何を言っても無駄なんだよなぁ、残念ながら。うーん、納得したくないんだけど…と、俺は降って沸いた身の危険に冷や汗を流していた。
生憎、腕っ節には自信がある方じゃないし、ましてや人数の差も歴然としている。
それなのに、明日は入学式だから顔に傷つけると集合写真に一生残るなとか、身の危険もだが、一家団欒に遅刻の覚悟で買ってきたばかりのレンズがお釈迦になるかもしれないっていうのがめっちゃ痛いとか。なんだかそんなことばかりが思いついてしまっていた。
多分、あまりに現実離れというか、想像の範囲を超えた状況だから、思考回路が逃避モードになっていたんだろう。それなら実際の動作の方も逃避モードになってくれればいいところなのに、そこまでうまくはいかないというのが哀しいところだ。
でもまぁ、逃げ足に自信があるってわけでもないし…金の持ち合わせもないから、それで誤魔化すって言うのも通用しないだろうなぁ、等など。
そんなことを取りとめな脳内でぐるぐると自問自答していたら ――
「だから言っただろ? そいつら馬鹿だって」
そんな声が頭の上から聞こえてきた。



「ったく、今日は大人しくしといてやろうって思ってたのにな。ホント、あんたら馬鹿だわ」
そんなことを言いながら戻ってきたそいつは、
「俺は人を探してただけじゃん? 別にあんたらの商売を邪魔してたわけじゃないし」
物怖じどころか全くのタメ口でそんな事を言うと、さりげなく俺と奴らの間に割り込んだ。
どう見たって、こっちが不利なのは間違いない。
こっちは俺を入れても人数二人 ―― というか、俺は数にしかならないな、うん。対する向こうは三人で、全員俺よりも身長は頭一つ分ほどでかく、横幅はさらにでかい重量級だ。多分、体重差から言っても俺達二人がまとまっても、向こう一人分にも追いつかないところだろう。
しかし、
「うるせぇっ! ちょろちょろされるのが目障りなんだよ!」
「俺らの縄張りをうろうろしやがって!」
「でかい顔してんじゃねぇよっ!」
語彙の少なさがこいつらの教養の低さを見事に物語っているが、脅し慣れているのは間違いなさそうだ。
ところが、対するアイツは全く怖がってなどいないどころか、どこか茶化したような悪戯っ気さえあるのは、気のせいじゃないと思う。
「でかい顔? そりゃ心外だわ。俺って小顔って言われてるんだけどなー」
そんな事を言えば、馬鹿な連中のことだ。すぐに頭に血が上るのは目に見えている。
「貴様っ!」
「ざけてんじゃねぇっ!」
一番気の短そうなヤツが罵声とともに殴りかかってきた。
うわっ、マジに万事休すっ!?
いかにも重量級のパンチがこちらに向かってきて、俺はとっさに目を閉じた。
ところが、
―― バシッ!
「やだねぇ、大人気ない。もうちょっと広い心を持ってさぁ…」
そうのほほんと呟く声に恐る恐る目を開ければ、そこには信じられないような光景が広がっていた。
殴りかかってきた腕をさらりと交わして、無防備になった相手の横腹に見事としか言えないクリーンヒット。その一撃で相手は地面に這いつくばった。
「うぐっ!」
そんな仲間の姿に、欠片ほどしかなかった理性が完全に千切れたらしい。すぐさま二人目と三人目が追いかけるようにかかってきている。
「っ! このっ…」
だが、コイツに恐れなんか微塵もなさそうだ。いやそれどころか、本当にあっさりと先に殴りかかってきたヤツを身をかがめてかわしついでに足を引っ掛けて転ばせれば、更に殴りかかってきた三人目の肩に手をかけて、そのままひらりと回転して宙を舞った。そして、その反動で先ほど転ばせたヤツの腹に見事な踵落としだ。
「ぐわぁっ!」
それでなくても無様に仰向けに転がっていたそいつは、まるで折りたたみベッドのように身体を折り曲げると、そのまま腹を抱えて地面を転がり、壁に激突して動かなくなった。
そして、その様子に一瞬動きを止めた三人目の肩をトントンと叩いて ―― 振り向いたところに絵に描いたようなアッパーを食らわせていた。



「あーあ。余計な運動したから、腹減ったわ。さっさと帰ってメシにしよ」
「お、おい、お前…」
「んじゃ、この辺、物騒だからアンタも気をつけて帰んなよ」
あっという間に三人の男を叩きのめしたそいつは、まるで何事もなかったかのようにそう言うと、ふわりと再び身を翻して去っていた。
最後に、ちょっと振り向いた瞬間 ―― 俺がカメラのシャッターを切ったことに気がついたかどうか、判らなかったが…。






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初出:2008.05.10.
改訂:2014.09.13.

Fairy Tail