砂塵の華 第1章 02話


頭から足元まですっぽりと覆われたマントのため性別は判らないが、声からの様子では年齢はまだ若いと推測できた。
勿論、眼の辺りは開いてはいるが、日差しを避けるように深く被っているために外からはよく見えないようになっているし、ゆったりとしたマントのため身体のラインもはっきりしない。
それでも、身長はナーガよりやや低く、若い女か少年という感じだった。
「酷い造りだな。幾ら壊して脅しの材料にするとはいえ、もう少しまともに造った方がいいと思うぞ?」
ただその口調はなかなかの毒舌のようで、布に覆われた下からの声のためにややくぐもって聞こえるが、明らかに小馬鹿にしたような感が無きにしも非ずといったところだった。
そんな口調でその者はナーガ達の間に割り込むと、先程男が落として壊した壺の欠片を拾って、そのまま左手で握りしめた。
そしてその左手を開くと
―― サラサラサラ…
掌にあった砂粒は砂漠から吹き付ける風に飛んでいってしまった。どうやらかなり脆い作りだったようだ。
「これでは容れ物としては使えないし置き物としても保たないだろう。まぁこの程度でも騙される奴はいるようだがな」
マントの人物はそう言って掌の砂を叩くとチラリとナーガを一瞥しつつ、男の手に在った腕輪を見下ろした。
「こんな紛い物が緑玉に化けるか。いい商売だな」
「お、おいおい、妙な言いがかりは迷惑だ。大事な商品を壊されたんだぞ」
突然現れて言いたい放題のその人物に流石の男達も当初はペースを乱されていたようだが、漸く気を取り直したらしい。鋭い視線で威嚇するように睨みつけながら、その者を睨みつけてきた。
相手は三人。どれも腕っ節には自信があるというような体格の男達で、幼い子供なら見上げただけで泣き出してしまいそうな険呑な表情をしている。
しかし、
「この私に迷惑だと? それはこちらの台詞だ」
マントの人物はそう言い放つと、いきなり一番前にいた ―― 壺を落とした男の腕を捻上げた。
「貴様らのおかげでいらぬ手間を取らされたわ。この落とし前、高くつくぞ」
そういうや否や、捻り技で地面にひれ伏させて男を押さえ込み、喉元ギリギリのところに短刀を突き付けた。
「素直に吐いた方が身のためだぞ」
「何のことだっ!?」
「とりあえずは、お前達の元締めだな。何処の手の者だ?」
「元締めって、何のことだ?」
「ああ? お前達にこんなことをやらせている奴に決まっているだろうが」
そう言いながらマントの下でこれだから下っ端はと呟いていたが、ふと思いついたらいい。
「…って、まさかと思うけど、お前らもしかして後ろ楯も無しにやってたとか?」
信じられないというような口調でそう尋ねると、どうやら正解だったようだ。
短刀を突き付けられた男は慌てたように顔色を変えて、視線を反らした。
御蔭で、
「…全く、素人はこれだから怖い」
流石にこれには呆れたらしい。マントの人物が盛大にため息をつくと、一瞬押さえていた力が緩んだ。
その隙を見逃さなかった男は力任せに反撃し、
「ちっ!」
「おおっと」
「くそう、なんだか判らねぇが、とにかくやっちまえ!」
マントの人物から逃れると、勢いをぶり返して身構えた。
三人とも、明らかに力だけはありそうな者達である。見ていたナーガもこれは拙いと思い、咄嗟に服の下の剣に手を伸ばしかけた。
ところが、
「余計な手助けをすると、アンタもただじゃ済まないぜ」
いつの間に現れたのか、栗色の髪の男が柄に伸ばしかけたナーガの腕を押さえた。
幾ら目の前の光景に気を取られていたとはいえ、ここまで近づかれても気がつかなかったとはありえない驚きである。
幸いその男にはナーガに対して敵意はないようではあったが、それでも油断がならないのは間違いなかった。
そのため、
「お前は?」
明らかに警戒して尋ねれば、返ってきた答えは
「俺の名はシャーリア。この辺りの…まぁ、まとめ役みたいなモンだな」
スラムには顔役というような者が存在するとは聞いていた。恐らくその類なのだろうと思ったナーガだが、
「では、あちらは?」
そう、マントの人物について尋ねると、
「あれは…あとで本人に聞きな」
シャーリアと名乗ったその男は、どこかはぐらかすようにそう答えた。
教えてくれるかどうかは本人次第だけどな、とも呟いて。






01 / 03


初出:2009.09.20.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light