砂塵の華 第1章 03話


「まぁ殺しはしないと思うから、心配するなよ」
シャーリアは軽くそんなことを言っていたが実際にマントの人物の体術はかなりのもので、まるで踊っているかのような感じさえしていた。
「遊ぶのも程々にしておけよ」
そうシャーリアが忠告するように、わざと挑発しているようなところも否めない。
しまいには男達もキレたようで、
「畜生、馬鹿にしやがって!」
二人の男がほぼ同時に ―― 自分達の仲間を傷つけるかもしれないということも考えずに短刀を振りかざしてきた。
それをもう一人の男の背を蹴って避けさせると、マントの人物は紙一重で交わしかけ ―― その動きについてこれなかったマントが切り裂かれた。
その瞬間 ―― 今にも飛びかかろうとしていた男達もナーガも、揃って息を飲む。
そこに現れたのは、まるでこの世のものとは思えない美貌であった。
陶磁のような白い肌に金を溶かしたような髪。
海の蒼よりも深い瞳の色に真紅の唇。
それはまるで、神自らが理想の姿を具現化したかのような芸術品と言ってもいい程である。
ただし単なる芸術品と異なるのは、その身体には迸るような生命力が溢れているということで。
年の頃はナーガとほぼ変わらぬ17、8歳といったところの少年と青年の境のような、まさに人生を謳歌しているといった感じだった。
男であることは間違いないが、高価な宝石や化粧で着飾った女など足元にも及ばない。まさに、類稀というに相応しい美貌である。
その衝撃は実際に争っていた男達の方も同様だったらしく、思わず手にしていた武器を落としそうにまでなっている。
しかし、
「なっ…なんてことしてくれるんだ! また兄者に怒られるじゃないか!」
それまで余裕すら見せていたはずなのに、マントを割かれると状況が変わったらしい。
その美貌に明らかな怒りの表情を乗せて、呆然とする男達をあっという間に容赦なく叩きのめしてしまった。



あっという間に倍以上もありそうな体格の男達を叩きのめしてしまうと、その美貌の人物は地に崩れた男達を足蹴にしてシャーリアに言い放った。
「これでいいのだろう? 後は任せて構わないな、シャーリア」
「相変わらず、早い仕事で助かるよ。ただ、早すぎてお前の依頼の方がまだだけどな」
ついでにマントも直さないとなと呟きながら、シャーリアはいつの間にか現れた手下らしい者たちに先ほどの男達をどこかへ運ばせていた。
「あの者たちは…?」
「シャーリアが躾けて処理する。殺しはせん」
後半は一瞬でケリをつけてしまったのだが、それでもやや乱れた髪を掻き上げながら近付くと、その美貌の男はナーガをじっくりと見まわした。
身長はやや自分よりも高いが、年の頃はさほど変わらないだろう。服装は、決して華美ではないが、それでも高級な素材の物であることは一目瞭然で、かなりの裕福な家柄であることは間違いなさそうだった。そして ―― 黒い髪に緑色の瞳というのはこのバーディアでは珍しく、おそらく混血と思われた。
国際色の豊かなサイスの町では混血など珍しくもないが、黒髪といえばバーディアの南西にあるソカリスが有名である。今は一応同盟国とはなっているがかつては戦もあった国であり、今でもその頃を覚えている者たちの間では敵視しているところもあるはずだった。
だが、
「さて、後は貴様だが…」
それなりの家柄とは思うが、そのくせ動きに無駄もない。
体格も細身ではあるがそれなりに鍛えているというようで、決して軟弱な気はしなかった。
流石にこの状況では危機感に欠けるところがあるのではとも思ったが、こういった事態には慣れていないということだろう。
もしくは、いざとなれば武力を翳すこともできるが、それを最初から振り回すことを是としない性質なのか。
そんなことを察しながら、それでもその甘さには一言言いたくなったらしい。
「金目の物を出してそれで片が付くと思ったか? 貴様はそれでいいかもしれないが、これでこいつらが調子づけばカモにされる奴は更に増えることになり、いずれは人死にも出たかもしれん。その場しのぎの甘さは他者への迷惑になるということを覚えておけ」
かなり自分でもキツイ言い方だと思いつつもそう云い放ったが、ナーガは
「…そうだな。それは私が短慮だった。迷惑をかけた。すまぬ」
「ほぅ…」
どう見てもナーガはそれなりの家柄出身と思えるのに、奢ったところなどは見当たらない。その潔さは気に入ったらしい。
「素直な男だな。気に入った。名は?」
「ナーガという」
一瞬その名を聞いて思うところがあったようだが、
「私はカディル。覚えておくがいい」
そう自らの名を告げた。
それが、ナーガとカディルの出会いだった。






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初出:2009.09.27.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light