砂塵の華 第1章 04話


「あとどのくらいかかる?」
「そうだな。小一時間ってところか?」
カディルとシャーリアがそんな話をしているのを何気に見ていたナーガだったが、
「判った。ではその頃に店に行く」
そう言って話を切り上げると、カディルはナーガの手を取った。
「では行こうか」
「えっ?」
全く話が見えていないナーガは、咄嗟にシャーリアを見たが、
「まぁ、助けて貰った駄賃ってところだな」
そんな適当な事を云いながらひらひらと手を振って立ち去られてしまっては、他にどうすることもできない。
それにそもそもこのままカディルと別れるというのも ―― 正直なところしたくはなかった。
だから、
「貴様はフードをしておけ。特にその髪と眼の色は隠した方が良いぞ」
「何故だ?」
「ついてくれば判る」
そんなことを言われながらも付いていけば、ナーガにもカディルの言っていた意味がなんとなく判ってきた。
先ほどの男達について来た時は気がつかなかったが、かなり奥まで連れ込まれていたようだ。
「迷子になるなよ」
整備された表通りとは異なり、ナーガ一人であれば通り抜けることさえ不可能なのではと思うほどに入り組んだ裏道であるが、どうやらカディルには慣れたもののようだった。
全く迷う素振りもなく、それでいてナーガが辺りを見回す余裕を持てるような歩みでカディルは先を進む。
付き合えと言ったのはカディルの方だが、これではナーガが案内してもらっているようでさえある。
しかしナーガがそのことに気付いたのはずっと後のことで、その時はただ眼に飛び込む光景を記憶するのが精一杯だった。
それというのも、あの男達に出会う迄に見てきたサイスの街は華やかで活気があり、国の繁栄を現しているようだと思っていたのに、この光景は完全にそれを否定していたのだ。
不衛生極まりない路地裏のあちらこちらには、粗末な服を着た老若男女が蹲っている。
無気力で、生きることを放棄したようにさえ見える彼らだったが、時折遠くから聞こえてくる街の喧騒にソカリスの言葉が混じってくると、皆一様にギラギラとした憎悪をその眼に宿していた。
「これが一番の近道なのだが…ここは、以前ソカリスとの戦を経験した者やその身内が多く住んでいるのでな」
それは暗にソカリスへの恨みを持つ者が多く住んでいるということで。ソカリスの血を母から継いでいるナーガには確かに鬼門ともいえる場所であっただろう。
幸い、言われたとおりにフードを被っていたために気づかれることなく通り過ぎることができたが、やはりそれを知っては気にしないわけにはいかなかったようだ。
御蔭で、漸く裏通りを抜け出た時には意識せずとも安堵の溜息が零れてしまい、肩の力がフっと抜けたその時、
「もういいだろう。」
不意にそんなことを言って、カディルはナーガのフードを外させた。
「あっ…」
慌てたのはナーガである。しかし、
「ナーガ様!」
聞きなれた声が名を呼ぶことに気がついてみれば、いつの間にかそこには幾人かの兵士を連れた見知った者が立っていた。
侍従として仕えているリューイである。
「リューイ?」
「お一人で出歩くなどと、危のうございます。すぐに王宮へ御戻りくださいませ!」
そう言いながら傍にいるカディルの存在を警戒するように、リューイはすぐさま兵をナーガの周りに配置させていた。
だが、当のカディルには動じた様子は微塵もなく、それどころか
「そいつの言う通りだな。丁度いい。ここまでの案内賃として、このフードは私が貰ってやろう。今後は忍び歩きも程々にすることだ」
そう言って自分のフードも外すと、優雅な仕草で片膝を付き、恭しく騎士の挨拶の礼を取った。
「バーディア国第一王子ナーガ殿。本日は中々楽しい一日であった。機会があれば再会もできよう。それまで、ご健勝でおられるがよい」
それだけ言うと、ふわりと身を翻して裏通りへと去ってしまった。
それを、
「待て、カディル!」
「ナーガ様?」
行ってしまったカディルを追いかけようとしたナーガを、リューイは不思議そうに見入っていた。






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初出:2009.09.27.
改訂:2014.08.30.

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