砂塵の華 第1章 05話


王宮に戻って数日後、ナーガは一人の男を呼び出していた。
「先日は面白い冒険をされましたとか。いかがでございましたか?」
参内するなりそう言ってきたのは、黒いフード付きのマントを着こんだ男だった。
名前はトリュス。今は下野しているが、元はバーディア王家に仕える魔導師である。
「ああ、やはり話に聞くのと実際に見るのでは異なるな」
そう応えたナーガの表情には、どこか憂いを含んだものがあった。
先日、ナーガの母である王妃の不興を買ったために王宮から去ったトリュスであるが、その際ナーガに忠告していたのである。
『バーディアの国内が平穏ですと? 王宮だけが国内と言うのでしたらそうかもしれませんね』
その言葉の意味が気になったナーガは単身サイスの街に出たのだが、そこで見た現実はショッキングなものだった。
元々、「バーディア」というのは一部族の名前である。
それはアーティクル大陸のほぼ半分を占めるミクトラン砂漠に住む部族で、一つのところには留まらず、放牧と採集を糧とする移動民族であったといわれている。
容姿は砂漠の民にしては珍しい金髪碧眼で白い肌を持っており、男女を問わず細身で端麗な者が多いというのも特徴である。
しかしそれでも砂漠という過酷な地で生きる民である。
外見とは裏腹に気性は激しく武術にも優れ、一度戦に身を投じれば子供ですら果敢に戦うという戦闘部族でもあった。
そんな中、今から30年ほど前にバドロスという名の男が族長となったことから歴史が変わった。
バドロスは好戦的な一族の中でも最も勇猛果敢であり、やがて次々と他の部族を制圧し、数年でアーティクル大陸の約半分の土地を手中に収めた。
そして最大のオアシスであったサイスに首都を置くバーディア国を建国したのである。
ところが、短期間で国を作り上げるまでになったバドロスの武力はそれだけでは収まらなかった。
気性の激しいバドロスには内政の充実よりも侵略を重視するところがあり、当時、大陸最大の商業国家であったソカリスへの侵攻を推し進めてしまったのだった。
砂漠での戦いであれば不敗をほしいままにしていたバーディア軍であったが、ソカリスはその国土の大半が草原で気候も異なる。
特に雨季ともなれば砂漠の民にはどうしようもなく、ここで初めて敗北に帰することとなってしまった。
それでも雨季の終わりを見計らって再び侵攻しようとしたバドロスであり ―― それを憂いた者達によってクーデターが起こったのである。
そのクーデターの首謀者が、バドロスの副官であったドラグシュであった。
ドラグシュは戦闘集団ともいえたバーディアにおいて唯一といってもいい政治家であり、クーデター後に自らがソカリスの王女ミュリカと政略結婚することで戦を回避した。この二人の間に生まれたのが、ナーガである。
そしてこの政略結婚によりドラグシュは内政に力を入れることとなったのだが、その政治中枢を担ったのはミュリカが婚姻の際に引き連れてきたソカリスの家臣団であった。
バドロス亡き後の混乱の中では、ソカリスとは不平等条約を幾つか結ぶことになり、そのしわ寄せは民にまで被ることになる。
その上、バドロスの側近だった者の殆どは粛清されるか追放という憂き目にあわされ、ソカリスへの反感は日に日に強まるばかりであった。
一方でミュリカは気位が高く、幾ら王位についたとはいえ元は副官でしかなかったというドラグシュに心を開くことはなかった。
まるで役目のためとでも言うように子供は産んだが、その自分の子供であるはずのナーガに対しても母として情を見せるうことはなかったのである。
また、父であるドラグシュもナーガに構うほどの余裕はなく、そのためナーガはバーディア人の乳母の手により、両親とは別の離宮で育てられていた。
御蔭でナーガは18歳になるこの年まで王宮の外の事情も王宮内の政略的な面からも阻害されて育つこととなり、その中で、外の情報を教えてくれたのはトリュスだけであった。
トリュスは少し蒼みがかった銀色の髪と紫がかった蒼い瞳という、混血の進んだバーディアでも珍しい容姿をしている。
肌の色もまるで生まれてから一度も日に当たったことがないのかと思えるほどの青白さであり、実際にどんなときでもフードの付いたマントで身を包んでいた。
その外見からは20代前半に見えるが、実は先王バドロスの代から王家に出入りしていたという魔導師である。
少なく見積もっても40歳は下らないところであろうが、とてもそうは見えなかった。
そもそも魔導師というものは、主に4大元素と言われる地水火風を媒体として人ならざる力を操る者であるが、大抵はその中でも得意不得意を持っていた。
そのため、魔導師として認定された者には得意とする元素を冠して「地の〜」とか「水の〜」などという二つ名が与えられているものだった。
しかしトリュスはその二つ名がなかった。
二つ名がないということは大陸全ての魔導師が属していると言う魔導師会からの認可がないということのはずであったが、それを問う者はいなかった。
なぜか魔導師会もトリュスには関わらないようにしている節があり、それをトリュス自身が明かすことはなかったのである。
それだけでもトリュスが普通の魔導師とは異なるということは間違ないのだが、更に性格はなかなかに困ったところがあり、王家付きでありながら呼び出しがあっても滅多に承諾することはなく、参内しても本当に顔を見せる程度で命令に従って魔導を発動させることなどは本当に稀な事だった。
ただ、元々ドラグシュは魔導で政を司ることを良しとしていなかったために王家では問題視されることはなかったのだが、ミュリカはやはり女性ならではの興味が合ったらしい。
何度かトリュスを呼び出して己の為に働かせようようとしたのだが、それを悉く断り続けとうとう怒りを買ってしまったという経緯があった。
『恐れながらミュリカ様。私は真のバーディア王室に仕えることを心に決めております。例え高貴なお血筋 ―― との自負をお持ちの方といえども、バーディア王家以外の方に仕えるつもりはございません』
そんなことを家臣のいる前で平然と言い放ったというのだから、よく手打ちにされなかったというほうが不思議なくらいだった。
そんなトリュスであるが、なぜかミュリカの息子であるナーガにはなにかと構う事も多く、懇意にしていたのである。






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初出:2009.10.04.
改訂:2014.08.30.

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