砂塵の華 第1章 07話


流石に国軍が襲撃されたとあっては静観するわけにもいかず、数日後にはイース討伐が布告された。
編成されたのはソカリスの貴族からなる将官に率いられた大師団凡そ5000を数える兵である。
「たかが盗賊ごときを討伐するのに、大袈裟ではないか?」
5000もの兵を動かすともなれば、将官もそれなりの人数を動員することとなる。
そのため、王宮が手薄になることはやむを得ないところであったが、それに真っ先に異議を唱えたのはミュリカ王妃であった。
「わざわざ国軍を出すこともなかろう。陛下も病床におられることを思えば、王都の警備を手薄にすることは出来ぬものじゃ。彼奴等に懸賞をかけ、傭兵どもにでも狩らせればよいのではないか?」
「本拠地が掴めぬことを思えば懸賞をかけるのは良い策でございますな。しかし国内の統制のためにも、ここで国軍の威光を示すのも大事な策と思われます」
そうしたり顔で奏上する大臣たちの言葉には、流石にミュリカも強権には出られなかったようだ。
今のバーディア国内には不穏な空気が漂い始めている。
元々バーディアの民には独立不羈の意識が強く、上からの支配というものを好まない気質があったが、既にソカリスからの干渉が20年になろうというのだ。
特に地方のオアシスなどでは身の危険を感じたソカリス系の者達が撤収を始めており、今やサイスと本国をつなぐ交易ルート上のオアシスの幾つかだけが辛うじてソカリスの干渉下にあるといってもいいくらいであった。
その中でもサイスの王宮は堅牢無比といわれる城壁に囲まれた鉄壁の守りを擁しており、その気になれば1年くらいは完全に外部と遮断されても籠城できるだけの蓄えも備えている。
そんな安全地帯に引き籠っているというのに、ミュリカがそれでも不安に思うのは結局彼女にとってバーディアは他国でしかないということなのだろう。
だから、
「では、私も出陣いたしましょう。」
そうナーガが名乗りを上げるのは、当然の結果のようなものでもあった。
「父上の名代としては役者不足は承知しておりますが…」
「いえ、滅相もない。殿下が出陣していただければ、兵の士気もあがりましょう」
恐らくは飾り物としか見ていないとしても、王子であるナーガの出陣は確かに宣伝効果はある。老獪な大臣たちはそう計算したようだ。
しかも、母親であるミュリカでさえ反対をしなかったのだから、この件はあっさりと決まってしまった。
とはいえナーガ自身は初陣である。そのため、補佐として上がったのは大貴族でもある老将軍とその身内の者という陣営であった。
その布陣を見て、
「これは…いかにも」
おかしくて仕方がないと言うように酷評したのはトリュスである。
「まるで殿下のお披露目パレードですね」
元々イース討伐と銘打ってみたものの、肝心の本拠地が判らないのである。
そこでサイスを出た国軍は当面の目的地を先日イースに襲撃されたガラルとし、その経由地として未だソカリスの支配下にある各オアシスを辿るというルートが大々的に発表されていた。
元々大部隊である。途中立ち寄るオアシスが補給地となるためにその準備は事前に通達する必要もある。
そのためにもルートは事前に知らせておかなければ進軍すらままならなくなるのは目に見えている ―― という理由で発表させたナーガであったが、そこには一つ隠された目的もあった。
「出来れば戦は避けたいと思う。それよりもイースだけでなく、バーディアの民との話し合いの場を持つことは出来ぬものか?」
そうナーガが考えたのも、トリュスからの話を聞いたためであった。
トリュスが語るには、イースがバーディアの国軍を襲ったのはこれが初めてというわけではなかった。
というよりも、ここ数年はソカリスへの朝貢の際、必ずといってもいい程に襲撃されており、貢物の殆どが奪われているということだった。
「何故今まで報告がなかったのだ?」
そうナーガが疑問に思うことも当然である。それについても、トリュスは端的に応えた。
「報告できる被害ではなかったからですよ」
「今までも死者がいなかったということか?」
「まぁそれもありますが、国としての被害もありませんでしたからね」
「どういうことだ?」
「奪われた荷物は、最初からバーディア国の物ではないということです」
そう前置きをして教えてくれたトリュスの話に、ナーガは愕然とした。
荷物を運んでいた一団の護衛には国軍の兵がついていたが、その荷物の殆どはサイスに住む貴族の名前でソカリスに献上されたものだという。
当然、サイスの貴族といえばソカリス系の者であり、それは本国に対する賄賂以外の何物でもないところだ。
「あくまでも貴族の私物ですからね。報告するには被害の程度も伝えなければなりませんが、国としての被害などは兵の負傷くらいなものでしょう。それも貴族の私物を守ってとは言えませんからね」
しかも貴族の私物というのも、殆どがバーディアの民から搾取した品々というのだ。
「噂によると、イースは奪った品を元の持ち主に返しているということも聞いています。バーディアの民にとっては、イースは義賊様サマというところなのかもしれませんね」
そんなイースに興味を抱いたナーガは、まずは話を聞くことを望んだのだ。






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初出:2009.10.11.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light