砂塵の華 第1章 08話


数日後、サイスを出立した国軍は順調にガラルへの進軍を進めていた。
砂漠ではイースだけでなく、他にも夜盗の類が蔓延っていると聞いていた国軍であったが、それらの襲撃は愚か気配すらないというほどである。
「これだけの大部隊ですからな。たかが盗賊などでは太刀打ちできぬと悟ったのでしょう」
ナーガの補佐役として同行している老将グルゴンは、その昔、バーディア軍とも戦ったことがあるということであった。
勿論それはソカリス軍の将校としてである。
「先のバドロス王は血に飢えた獣のような戦士であって、かの王に率いられた軍も一度戦になれば悪鬼羅刹のようでございました。ですが、所詮は戦うだけしかない狂王。駆け引きというものを知りませなんだ」
それに比べてイースは分を弁えているようだと笑い飛ばしていたが、ナーガには妙な胸騒ぎが収まらずにいた。
これだけの大部隊であるために、進軍のルートについては先振れが出ている。
まるでそれに合わせたかのように、行く先々のオアシスからはバーディア人が姿を消していたのだ。
「もしかすると、イースの手の者だったのかもしれませんな」
「オアシスのバーディア人、全てがか?」
「それとも我が事の偉容に恐れを抱いたのか…どちらにしても大したことではありますまい」
そんなことは気にするまでもないというグルゴン老であるが、その言葉をそのままに信用する気にはなれないナーガであった。
「殿下は初陣であるゆえ、不安なのであろう。箱入りでお育ちになった方だからな」
そんなことをグルゴン老は自分の息子であり、今回はミュリカ王妃の口添えで同行させたウルナンに言っていると、侍従として着いてきたリューイが憤慨してナーガに告げ口してきてもいたが、それには取り合わなかったナーガである。
「私が戦慣れしていないのは事実であるし、用心に越したこともなかろう」
事実、ガラル迄残り半分というころには兵の緊張は皆無と言ってもよいほどで、誰もがこのまま無事にガラルに到着すると信じているようでさえあった。
そうして、今夜にもガラルに着こうというほんの手前のオアシスで事件は起きた。



そこは湧水と心ばかりの緑があるだけの、地図にも載っていない小さなオアシスであった。
ガラルの宿が満員であったり宿に泊まる金のない者が夜営する時などに使われているらしく、一晩過ごす程度であれば問題のなさそうなオアシスである。
とはいえ、国軍は5000を超える大部隊であり、ましてや目的地のガラルはすぐ目の前とのこと。
当然ここは通過する予定であったが、斥候の報告を受けたウルナンが立ち寄ることを主張したのである。
「ガラルの街は先日の争い事のために荒れ果ててしまって、とても兵を休める状態ではないとのこと。今夜はこのオアシスで一晩休みを取り、明日の朝ガラルに向かう方が兵の士気にも良かろうと思われます」
正式にそうナーガに奏上してきたのはグルゴン老であったが、どうやらウルナンが勝手にそのオアシスでの野営の準備を進めているらしい。
一部の兵士らは既にその気になっているようでもあり、ナーガも強く反対はできなかった。
「既に準備をしておきながらあのように言うとは、殿下を蔑にしているとしか思えません。幾ら歴戦の宿将とはいえ、命令系統の乱れは今後の軍議にもかかわってまいります」
ナーガを絶対視しているリューイにしてみれば、兵たちが本来仰ぐべきナーガよりもグルゴン老らの方を信用しているように見えることも気分の良いものではなかった。
リューイは、ナーガと同じくソカリス人とバーディア人を両親に持つ混血である。
但し両親は正式には結婚しておらず、商用でバーディアに来たソカリスの豪商が滞在中に手を付けた愛人に産ませた子であった。
そのため父親がソカリスに帰国すると同時に母親ともども捨てられたのだが、その母親も新しい愛人を作って出て行ってしまった。
そうして幼くして孤児となっていたところを縁あってナーガの乳母に拾われて一緒に育てられたという経緯があり、ソカリスもバーディアにも信用を置いていないのだ。
信じられるのは、自分と同じく混血であるナーガだけ。そのナーガのためなら何処までも忠誠を誓っているリューイである。
そんなリューイのことは実の弟のように気に掛けているナーガであったが、
「そういきり立つな、リューイ。私に実績がないのは事実だ」
「しかし…」
「ただ、警戒だけは怠らぬように伝えてくれ。恐らく今夜は兵の気が最も弛むところだ」
目的地はすぐ目の前でここまで何もなく到達できたとなれば、油断するなと言われても無理だろう。
無論、イースが問答無用で必ず襲撃してくるとは限らないが、何らかの接触を計るなら絶好の機会であることは間違いないところだと思えた。
だからこその指示であったのだが、それを各小隊に伝えるべく出かけたはずのリューイは慌ててすぐに戻ってきた。
「ナーガ様、申し訳ございません。ウルナン殿が旅芸人の一座を呼びよせて、宴会を開いております!」






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初出:2009.10.11.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light