邂逅 02


正式に王太子としてはまだ立てられてはいないが、現ファラオの実子はユギ一人。
そのためいずれはユギが次期ファラオの座につくのは既定の未来であり、教育係でもあるシモンは帝王学も授ける立場にある。
とはいえ、未だ遊びたい盛りのユギにしてみれば小難しい勉強や面倒な職務など面白い筈もなく、王子専用の離宮に用意された執務室で山積みになった書類の決裁をするのは専らシモンと六神官のシャダやカリムであった。
六神官とは、王家を守護する6つの千年宝物を託された優秀な6人の神官のことである。
ただしこの千年宝物は所持する相手を自ら選ぶため、常に6人が揃うということは滅多にない。寧ろ六神官が揃うということは、それだけの脅威がエジプトに襲い掛かる前触れとも言われており ―― それはユギの持つ強大な力と比例するところである。
現在も呼び名こそは六神官であるが、実際にその任についているのは


千年タウクの所持者である、アイシス(19)
千年錠の所持者で王宮判事官でもあるシャダ(20)
千年秤の所持者である、カリム(24)
そして、千年眼の所持者であり、六神官のまとめ役でもあるアクナディン(45)


以上の4人のみであった。
このうち、たった一人の女性であるアイシスは後宮の相談役も勤めているため王妃 ―― ユギの母 ―― に仕える事が多く、最高齢のアクナディンは王弟でもあるためユギの父である現ファラオの相談役をも兼ねている。よって残りの二人 ―― シャダとカリムがユギの身辺にいることが多かった。


「また王子に逃げられましたな、シモン殿」
アイシスと似たような台詞であるが、面白がっている彼女とは異なり、カリムの方は事実確認に過ぎない節がある。
「全く困った王子じゃわい」
「お元気だということは何よりです」
「うむ。それだけは心配ないからの」
困った困ったといいながらも、シモンにとってはユギは可愛い孫のようなもの。
そのため本人は煩く叱責しているつもりでも、端から見れば好々爺のように甘く見えるのは仕方のないことで、それは六神官たちも納得していた。
実際、カリムやシャダにとってもユギは幼い弟のようなところがあり、そのくで時折見せる冷めた態度がやるせないのは事実。
勿論ユギの方とていずれは片腕にもなろうという側近である彼らを信用するよう努力はしていたが、それでもやはりどこか一線を引いてしまうのは仕方のないことだった。
エジプトにおいて、ファラオは神聖不可侵の神の御子。何百、何千万の民の命よりも、たった一つのファラオの命の方が重いというのが常識。
そのことを徹底的に教え込まれている神官たちにしてみれば、例え年若いとはいえ王子であるユギと対等な言動などできるはずもなく、主従の関係はどこまでも付きまとう。
ましてや ―― 12歳のユギに比べれば、一番若いアイシスでさえ7歳も年上である。子供の頃の年の差は大人のそれとは異なり、体格はおろか考え方も大きな差がでるのはいた仕方のないこと。
考えてみれば、王宮でユギと年の近い者がいないということも、ユギが街へ行きたがる理由の一つであるのは事実である。
せめて兄弟でもいればまだ違ったかもしれないが、一人っ子であるユギは同じ年齢の子供と遊ぶということは王宮では不可能であった。
だから ―― シモンはふとアイシスに言われたことを思い出していた。
「そうじゃな、王子に学友をつけてはどうじゃろうか?」
勿論それは他愛もない思いつきに過ぎなかったのだが、聞きとめたカリムは、
「学友ですか。それは妙案と思います」
「ほう、心当たりがあるかの?」
「そうですね、そういえば…」
決裁を残す書類をシャダに押し付けると、カリムは
「確か、カルナックの神殿に魔道に長けた神官見習いがいると聞きました。年は14と言いますから王子よりは2歳年上ですが、そのくらいが丁度よいのではないでしょうか?」
「うむ、なるほど」
「あとは、下エジプトのアブシール神殿にいる神官見習の少年が、これまた才長けているとか。こちらはたしか15歳でしたな。それから…」
と、妙に詳しいカリムに、仕事を押し付けられたシャダは面白くもなさそうに呟いた。
「とにかく、王子が気に入りそうな子を連れてくるのが一番でしょう。別に一人でなくとも良いのでは?」
人数が多いほうが自分に押し付けられる仕事の量も減るし ―― とは、シャダの本音であった。






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初出:2004.02.25.
改訂:2006.07.09.