邂逅 05


空前の繁栄を誇るエジプト王家に、手に入らぬものなどなにもない ――
そんな例えも当然のような王室に生まれ育ちながら、ただ一人の王子であるユギにはいつも不満の炎が燻っていた。
何でも容易く手に入るから、何にも興味が起こらないし執着もない。
しかも多くの大人たちはユギの不興を買うことを恐れるから、見え透いた追従ばかりでかえって苛々とする。
それならばと、その立場を最大限に利用して栄耀栄華の極みに浸ることも可能であったが、未だ12歳で人生を捨てる気にもなれない。
だから ―― せめて自分が王子であるということに気が付かないでいてくれる町に飛び出して、同年代の子供達の輪の中に入ってみたりして。
勿論そんなときでも必ず護衛の者がついていることには気が付いていたけれど ―― 。



「学友だと?」
この日も町で散々遊んできて上機嫌のユギであったが、夕食の席でシモンからその話を聞いた途端、一気に気を悪くしたように顔色を変えていた。
「既に何人か候補のものは挙げております。その中から王子にお選びいただけましたら…」
「いらん」
素っ気無くそう応えると、目の前にあった皿から葡萄を口に放り込んだ。
「どうせ貴族のバカ息子や頭の固い神官見習だろう? そんな奴に興味はない」
既に候補と言う以上、何人かめぼしいものを淘汰しているということは確かである。当然、選ばれる基準は年齢だけでなく家柄や知能も吟味されていることだろうと思うと、おべっか使いが低年齢化するというだけにしか思えず、ユギは興味を示すどころかはっきりいって嫌悪すら見せていた。
そんなユギの心情に気が付いて、参内したアイシスはニッコリと微笑んだ。
「王子、折角ですから目通りだけでもしてみたら如何ですか? 結構、掘り出し物があるかもしれませんわ」
「掘り出し物って…おい、アイシス?」
「王子の目で見てお選びになればよいことです。気に入らなければいないで構いません。それでもおイヤですか?」
こういう言い方をしてくるときのアイシスは何か含み所があるもので ―― 何せ遠隔透視能力を持つスピリアを操る、ある意味最強の実力者である。それこそ弱みを握られている大臣・神官はゴマンとおり、その気になれば後宮の権力を握るのも時間の問題 ―― 一部では、既に掌握されていると言う噂もある ―― という女神官である。かなり好き勝手をしているといわれているユギでさえ、このアイシスには一目置いているのは事実であった。
そのアイシスがここまで薦めるという事は何かしら含むところがあると邪推するのも当然の理である。
「なんか企んでるだろ、お前…」
「まぁ人聞きのお悪い。私は王子のために申し上げているに過ぎませんわ♪」
とニッコリ微笑まれても、同様に控えているシモンですら目をあわさないようにしているくらいである。
(絶対、何か企んでるぜ!)
とはいえ、ここまでいわれてイヤだと拗ねるのは流石に格好もつかない。
だから、
「あーもう、判った。それでは、近日中にその候補者とやらを集めてくれ。オレがじかに見て決めてやる」
「御意」
クスリと微笑むアイシスが怪しい事この上なかったが、とりあえずそう言って下がらせると、ユギはポンと葡萄をもう一粒頬張っていた。



今回の王子の学友候補選びは全国区での選抜であったらしく、ヘイシーン神官長からの話があった2日後にはアブシールの町にも正式な王宮からの使者が訪れていた。
その使者は既に数人の少年を引き連れており、更にその中にセトを加えて王都を目指すうちには、数十人の一団となっていた。
そして肝心の王都につけば、そこには別のルートで集められたらしい少年たちが王宮近くの神殿や離宮に集合していた。
「フン、バカらしい。まるで奴隷市場だな」
多くが言わずと知れた地方の名家の出身で、ことあるごとに実家の自慢話に盛り上がっている。そんな上辺だけの華やかさには最初から飽き飽きしていたセトは、殆どを近くの書物庫で過ごしていた。
王子の学友になれば、当然出世は間違いない。地方の豪族たちからしてみれば中央に踊り出る好機でもある。また身分の低い者にしてみれば、コレこそ正に千載一遇のチャンスに他ならず、誰もが表では微笑みながら、裏では様々な権謀術数が繰り広げられていた。
その中で ―― はっきり言ってセトの立場は異彩を放っている。
一度、とある地方の豪族 ―― 何でも数代前にはファラオの愛妾を出した家柄だとか言っていたが ―― の息子が、相手にしようともしないセトに腹を立て、無理難題を吹きかけたことがあった。
それは、その豪族の地で長年の懸念となっている治水の問題であったのだが、セトはその状況を聞いただけであっさりと対抗策を立ててしまっただけではなく、更にそれを発展させ新しい事業の可能性まで導いてしまった。
『この程度のことに長年惑わされていたとは笑止千万。どこぞの豪族だか知らぬが、たかが知れておるな』
研ぎ澄まされた美貌でそう言われれば、その言葉は刃となる。
おかげでそれ以降、セトに表立って対抗しようとするような者はいなくなったのだが、逆に裏でこそこそと動き回るものは増大した。
己の実力で排除できなければ権力や暴力に訴えるというのはよくあること。ましてや地方とはいえ豪族出身の子弟ならば実家の財力を宛てに下級神官たちを買収することも容易い。
しかし買収された神官兵の悉くが、セトに危害を加えようと行動を起こす前に何者かの襲撃に合い、再起不能とまでは行かないものの二度とセトに近づこうとはしないという事態に陥っていた。
しかも、彼らは一様に口を噤んで己に危害を加えた者の名は漏らさず ―― セトにはそれが誰であるか薄々気が付いていたが ―― よってセトには好意からも悪意からも近づこうとする者は皆無といってよかった。
そう、ただ一人だけを除いて。






邂逅 04 /  邂逅 06


初出:2004.04.28.
改訂:2014.08.16.