邂逅 10


「これは…アクナディン様」
何故ここに六神官がとも思ったがすぐさま我に戻ると、セトは恭しく跪いて頭を下げた。
「ああ、構わぬ。表を上げよ」
そう言われたからといってじろじろと見るわけにはいかないため、セトは顔を上げつつもやや伏せ目がちに控えると、次の言葉を待った。
「少々、そなたに聞きたいことがあってな。良いか?」
「は…なんでございましょう?」
「そなたの両親のことを聞きたいと思ってな」
それは ―― セトの肌の色を見れば誰しも思う事で、問われた事は一度や二度ではないのも事実。だから、かえってそんな事かと安堵した。
「父母のことは私にも判りかねます。二親とも早くに亡くなったと聞いておりますので」
「聞いておるということは ―― 覚えておらぬのか?」
その口調が、どこか残念でありながらほっとしたように聞えたのはセトの気のせいばかりではなく、
「申し訳ございません。何分、あまりに幼き頃の話ですので」
そう応えるとアクナディンは深く溜息をついた。
「そうか…では、どこで生まれたかも知らぬのか?」
一瞬、何故ここまで執拗に聞くかとも思ったが、隠していてもこの程度の事は調べれば ―― そう、アブシールのヘイシーンに問われればすぐに知れる事である。
とはいえ、本人でさえ知っていることといえば ――
「生まれは…アドビス付近の小さな村と聞いております。私自身に覚えはありませんが」
「アドビスじゃと? では ―― 」
よほどそれが意外だったのか、それとも何か思うところがあったのか。
アクナディンは驚きに目を見開くと、セトをまじまじと見下ろした。
その片目は金色に輝く千年眼(ミレニアム・アイ)であり、まるで射抜くような眼光がセトに向けられる。
すると、
―― ドクン…!
(…なんだ? この感じは…?)
その金色の輝きを受けると、セトの中で何かが目覚めるような鼓動を感じた。まるで、その体内に宿るもう一つの命が目覚めたような ――
そして、
「そなた…私の弟子として神殿に仕える気はないか?」
「 ―― !?」
思いもかけないその言葉に、流石のセトも一瞬返事も忘れ、まじまじとアクナディンを見つめるしかなかった。



『蒼き瞳の白き竜』 ――
それはかつてエジプトを訪れた旅人達がもたらした、遠い東の砂漠の伝承で ―― 。
あらゆる生命の源である水を守護し、人が犯す全ての罪科を焼き尽くす業火を操る。
そして愚かな抵抗を薙ぎ払う風を自在にし、地脈に眠る精気を増幅する。
いわば自然そのものである「地水火風」の四大元素を守護する絶対の聖獣。
それゆえに、決して人には御せない高貴なものと畏怖されていたのだが ―― 。
その伝説の竜のように美しいとマハードが絶賛するセトのことを、気にならなかったと言えば嘘になるだろう。
しかし、
「あれ? おかしいですね。いつもこの時間なら、図書室にいるはずなんですけど」
数知れない石版やパピルスが山積みになった図書室を訪れると、そこは寂寥までに人の気配を微塵も残してはいなかった。
念のため、前日セトがいた辺りの棚を見てみるが ―― 特に変わったところはなくて。
「いないなら別に構わない。美人って言っても男だろ?」
「ええ、まぁそうですが…」
マハードは何となく腑に落ちない様子でいたが、ユギは別段気にしてはいなかった。
未だ12歳の身では、あいにく色気よりも食い気や遊び心の方が勝っているし。
そもそもマハードのいう「綺麗」を勝手に「女のように」と解釈したのは仕方がないと思う。
王子と言う立場上、物心付いた頃から他国の姫君との縁談の話は山のようにあったし、他にも玉の輿狙いの侍女や貴族の娘は後を立たなかった。そんな者達の殆どは、確かに見掛けは綺麗でも中身は空虚であるのが殆どで、ヒトにもモノにも執着心の薄いユギでは、どうでもいいとしか思えない。
(ま、ブスよりは美人のほうが良いけど、慌てることはないしな)
歴代の王とは違って生まれながら王位継承権をもつユギであるから、あえて政略結婚で王座を不動にする必要はない。隣国の姫君を妃にして外交を図るということもこの栄耀栄華を誇るエジプトであれば選択権は寧ろユギの方にあるし、多妻の許される身分であるから数とて後宮に入れてしまえば良いだけのこと。選り取り見取りであることは間違いない。
だから、
「それよりもマハード、今日からお前は俺の側近だからな♪」
そう勝手に決めると、とりあえずマハードの顔見世にと市井に連れ出すユギであった。






邂逅 09 /  邂逅 11


初出:2004.05.12.
改訂:2014.08.16.