Resurrection 02


街に向かったヘンリーは、自由気ままにその空気を堪能していた。
町での彼の名前は、ただの『ユギ』である。ミドルネームであるこの名は公式には使っていないため、誰もが彼をただの少年としか思っていない。
無論ヘンリー・チューダーの名を知らぬ者はいないが、彼ら市井の者にとって王室の争いなど迷惑な世間話でしかないのが事実である。
名前を知っているからといって、顔まで知るものは殆どいなかった。
(ま、オレだってその方が本望なんだけどな)
確かに、ヨーク家には父を殺されたという事実があるが ―― 実際には生まれる前のことで顔も知らぬ父親である。
心優しい母は、父とののろけ話はしてくれても、亡くなった事に対する恨みなどは露ほども口に出したことは無かった。
当然、王位がどうのと言う気も全くない。
(このまま一介の平民として暮らす方が、絶対ラクだよな)
亡命中のフランスでも、殆ど貴族の社交界には顔を出さなかったヘンリーである。
外面だけを着飾ったどこぞの令嬢との恋愛ゲームよりも、街で最近流行のデュエルというカードゲームでもしている方が遥かに楽しい。
デュエルは、古代エジプトから伝わる石版に封じた魔物を使役する戦が原点であるという。
石版がカードになり、更には普通の庶民が娯楽として遊べるようにと改良されたものであるが、中には恐ろしいほどの魔力を秘めたものも存在する。
実際にその力は今の戦場でもたびたび使われることがあるため、王室では金の力で強力なカードを集めているという噂もあった。
ヘンリー自身もカードの魔物を操る力は並大抵ではなく、その気になれば王室など、一撃で粉砕することも可能であると思われていた。
そう、「その気」さえあれば、である。
(王になって国を支配するなんて…そんな面倒なこと、やってられないよな)
富や権力など、欲しいとは思わない。
自分が心から欲しているのは ――
(…まただ。何かが、足りない…)
強大な力を持つが故の心の闇が、真に欲するものの姿を隠しているとしか思えない。
この闇を晴らすのは ―― 光り輝く蒼穹のイメージだけだった。
(どこにいる? オレの ―― )
物心ついたときから心に巣食う喪失感を抱えて、ヘンリーは夜の街を彷徨っていた。



屋敷を抜け出したヘンリーが向かった先は、市井にある一軒の酒場であった。
「ユギ! 遅かったな。今夜は来ないかと思ったぜ」
店のドアをくぐると、すぐに奥から声がかけられる。それはこの地に戻った最初の日に友になったジョーノであった。
「前夜祭のイベントまでもう少し時間があるからな。ユギ、デュエルしようぜ」
「ああ、いいとも」
ジョーノの向かいに座ると、ヘンリーは腰に付けたホルダーからカードを取り出しシャッフルを始めた。
そしてお互いのカードを交換して更にシャッフルしてテーブルに置くと、
「「デュエル!」」
一瞬にして和やかな雰囲気が緊迫したものに摩り替わる。
ヘンリーがジョーノと逢ったのは、丁度フランスから戻った日の夜のことである。
イングランドの生の姿を見るという口実で屋敷を抜け出したものの金を持ってくるのを忘れたために、賭けゲームをした相手がジョーノであった。
勿論、デュエルには自信があったジョーノが完敗したのは言うまでもなく、しかしヘンリーの見事な戦術にほれ込んだため、顔をあわせればデュエルになり、連敗記録を更新している。
ジョーノ自身は流れの傭兵で、剣の腕はかなりのものであるが、
「気位ばっかり偉そうな貴族なんて真っ平だぜ。こっちだって命かけるんだ。守る相手は自分で決めるさ」
と、どんなに高額な報酬を出されても相手を選ぶため、今は雇い主を持っていない。
ヘンリーの方も彼が傭兵だと知ったのが意気投合してからのことであったため、自分が貴族であることは明らかにしていなかった。
一緒に戦ったら面白いだろうとは思うが、そもそも王座に興味もないため、戦自身に熱意が無いのだ。むしろデュエルの方が心沸き立つものであるといえる。
ただそれでも ―― 胸の奥で何かが欠けている気がするのは付き纏っていたが。
「あら、またデュエル? ユギには何回やっても勝てないのにね」
この店の看板娘であるアンズが、サービスでヘンリーに飲み物を持ってくると、二人の様子を覗き込んで口を挟んだ。
「うるせぇな。今日は勝つぜ!」
「今日っていつよ? この前もそんなこと言ってなかったっけ? それよりもいい加減にツケを払って欲しいわね」
「金はないぜ。最近、傭兵家業も開店休業だからな」
「…そういうことは自慢しないでね」
といいながら、アンズは思い出したように話を向けた。
「そういえば…さっき『薔薇十字団』を見たわよ。流石に王様直参は凄いわね」
その名には、流石にヘンリーも虚心ではいられないが、アンズもジョーノも気がついた様子はない。
「どうせ王宮のお飾り近衛に毛が生えた程度のものだろ。柔なお貴族様なんか、使えやしねぇよ」
デュエルの方もそろそろ負けが確定しそうなジョーノは、アンズの世間話にも苛々とした口調を隠せないでいる。
ところが、
「う…ん、そうね。確かにビジュアル的ではあったわね」
並の男では逆にのしてやると公言するアンズが、珍しくボーッと呟いた。
その滅多に見られない様子に、ヘンリーもジョーノも自然とデュエルの手が止まってしまった。
「ビジュアル?」
「うん、あ、『薔薇十字団』って言っても、私が見たのは1人だけよ。白い龍の甲冑に身を包んだ男の人で…」
そのときの様子を思い出そうと、アンズは目を閉じた。
「そう、凄いとしか言いようがないような蒼い瞳の綺麗な人だったわ」
「蒼い ―― 瞳!?」
その瞬間、ヘンリーは席を立ちあがっていた。






Resurrection 01 / Resurrection 03


初出:2003.11.05.
改訂:2006.07.19.

Atelier Black-White