Resurrection 03


ソールズベリーの平原を、一頭の白馬が疾走している。
「あれか…」
既に日は暮れ、時刻は日付さえもが変ろうとしている。
人家から離れたこの地では灯りなど求めようもないが、幸いなことにさえぎるものもないために煌々と輝く月明かりで、求める場所はすぐに探すことが出来た。
何もない草原の真っ只中に佇む巨石の一群。
かの有名な「ストーンヘンジ」である。
そのすぐ側までやってくると、クリスは静かに馬から下りたった。
クリスチャン・セト・ローゼンクロイツ。
現国王リチャード3世直轄の近衛師団『薔薇十字団』総帥である。



「お待ちしておりましたわ、クリス」
巨石が円を模るその中央には、1人の女性がクリスの到着を待っていた。
同じく『薔薇十字団』に属する、イシュタルである。
精鋭といわれる『薔薇十字団』の一員ではあるが、イシュタルは軍服を着ることはない。この日も白い外套の下は彼女の本来の姿 ―― 巫女のものである。
イシュタルは古代エジプトの神官の血を引くといわれる、ヨーク家お抱えのイングランド屈指の魔道師である。
その力は、操る千年タウクによって未来を予知することが出来るといい、その告げられる予言の元に滅んだ一族も十指にあまるといわれている。
尤も、そんなオカルト的才能だけで『薔薇十字団』の一員にはなれるはずはなく、参謀としての能力も桁外れの策士である。
実際、クリスにとっても優秀な副官であるイシュタルであるが、必要としているのは策士としての力であり、魔道師としての力は寧ろ毛嫌いしていると言ってもよかった。
それがこんな時間にこんな場所で逢うというのは ――
「準備は整っております。こちらへ…」
イシュタルが指し示す方へ向かい、描かれた魔法陣の中心に立つ。すると、白い龍をあしらった甲冑に、銀色の月光がシャワーのように降り注がれた。
「お覚悟はよろしいですか? 万が一…」
「諄い。さっさと始めろ」
実際に儀式を執り行う方のイシュタルが浮かぬ顔であるというのに、クリスは全く臆することなくそこにいた。
失敗すればその命も危ういというのに。
何が起こるかさえ、わからないと言うのに。
潔いまでに孤高のかの人は、己の信ずるものの為なら、どんな危険も厭わないと公言してやまない。
『あれを手に入れるためなら、この身などどうでもいいわ』
そう、そのために、既に賽は投げられている。
今更、後戻りなど出来るはずもない。
「…では、始めます」
覚悟を決めたイシュタルも、そう宣言すると全ての感情を捨てて祝詞を唱え始めた。



クリスに遅れること数時間の後 ―― 同じ道をヘンリーは町で手に入れた馬に乗って疾走していた。
アンズから聞き出した方向で思い浮かぶものといえば、ソールズベリーのストーンヘンジくらいしかヘンリーにはなかった。
しかも、今日は万聖節の前夜祭。古代ケルト暦の一年最後の日で、死者の霊が戻る聖なる日である。
そしてストーンヘンジもまた古代からの聖地とされているとなれば ―― 聖なる日に聖なる場所である。
(まさか…古代儀式魔法でも行うつもりか? そういえばこの前、国王が金にモノをいわせてレアカードを買い求めたとか言っていたが…?)
カードには魔物を封じ、己の下僕として使役することも可能である。
しかし高位のカードであればそれだけ封じる力も強大であり、中には生死をかけるほどの儀式を必要とするものもあると聞く。
事実、ランカスターに古くから伝わる幻の神のカード『オシリスの天空竜』は、未だ使役する主を持たぬカードであり、ヘンリーもその姿すら見たことはなかった。
「おい、ユギ! 待てったら!」
気が付くと、1人で飛び出したつもりであったのに、いつの間にかジョーノまで着いてきている。
ヘンリーは驚いて馬を止め、遅れてくるジョーノを待った。
「ジョーノ君、どうして…?」
「馬っ鹿野郎、そんな慌てた様子のお前を、1人で行かせられるかよ」
友達だろ?と笑顔を向けられると、ヘンリーははやる気持ちが落ち着くのを感じていた。
「アンズの言ってたヤツに、心当たりがあるのか?」
轡を並べて夜道を走りながらジョーノが尋ねると、ヘンリーは軽く首を振った。
「いや、全然ない。ただ…もうずっと、オレは誰かを探し続けているような気がして仕方がないんだ」
恐らく ―― それは前世の記憶とでも言うのかもしれない。
絶対に探し出さなければならない人なのに、それが誰であるかもわからないもどかしさ。ただ判っているのは ―― 自分に向けられる蒼穹の瞳だけ ―― 。
苛烈な気性に孤高の存在。
自分が生きている以上、絶対に探し出さなくてはいけない唯一無二の存在。
「…なんてさ、おかしいと思うだろうな」
生まれて初めて自分に巣食う闇の一画とも言える思いを口にしたヘンリーは、自嘲気味な笑みを口の端に乗せた。
そのくせ ―― その紅い瞳だけは決して笑っていなくて。
普段の子供っぽい、ふざけた雰囲気は一切ない。
遥かに大人の男を思わせる横顔に、ジョーノは息を呑まずにはいられなかった。
普通の人間なら容易く押しつぶされてしまうような虚無を抱えながら、ヘンリーが理性を保っていられたのは、恐らくその『誰か』を探すという使命を持っていたからなのだろうと。
どんなにふざけあって楽しく過ごしているように見えても、時折見せる冷めた視線を、ジョーノだけが気が付いていたから。
「蒼い眼の人間なんて、どこにでもいるんだけどな。今度だって、そうだとは限らないのに…」
「でも、確かめてみるのはいいんじゃないか? ま、オレも暇だし、付き合うぜ」
「…ありがとう、ジョーノ君」
そして2人は、真直ぐに運命の地へと向かっていた。






Resurrection 02 / Resurrection 04


初出:2003.11.12.
改訂:2006.07.19.

Atelier Black-White