Pledge 03


名残惜しげに消えていく青眼を見送ると、ヘンリーはクリスを自分の天幕へと引き入れた。
「これは…セトが持ってろよ」
そう言って青眼のカードを渡せば、クリスは一瞬泣きそうな顔をしながらも受け取った。
そして、
「…いいのか?」
それは、光属性最強のカードである。
今は傷ついた魂を癒すためにカードに戻っているとはいえ、クリスが望めばいつでもその姿は現世に戻ってくるはず。
それを、戦が終わったばかりのこのときに、敵将であったクリスに持たせるということは ――
「当然だろ? これはお前のものだ。お前以外、誰が面倒を見るんだよ?」
但し、他のヤツにはナイショだぞと悪戯なウインク交じりに呟くと、無防備な顎に手をかけて唇を重ねた。
「な…何を !?」
サッと朱に染まる頬が、いつもの取り澄ました表情とは比べられないほど綺麗に見える。
孤高で不遜で ―― それでいて、可憐で。
本当に愛おしいと思うから、目が離せない。
「何って…口止め料。あんまり人に見せるなよ」
そう言ってもう一回ウインクをして引き寄せると、身体を硬くしながらも抵抗はしなかった。
『敗者は勝者に従う』
それはクリスの中に刻み込まれている不文律であるから。
ここに連れてこられた時点で、覚悟は決まっているのだろう。
しかし、
「とりあえず、何か食うか? セトも飲まず食わずで腹減っただろ?」
そういうと、未だロ惑うクリスには一切構わず、従者を引き入れて食事の支度をさせる。
勿論、支度が終わればさっさと下がらせて、ついでに暫く来るなと念も押す。
「何がいいかな? 酒もあるし…ま、こんな場所だから選り取りみどりとはいえないけど、結構揃ってるだろ?」
「無用だ。別に腹など…」
と拒否する言葉は思いっきり無視して、ヘンリーは甲斐甲斐しくも取り皿に次々と食べ物を乗せていった。
「そうだ、肉食えよ。セトはちょっとやせすぎだぜ。しっかり食って体力つけないとなv」
何の体力だ!と言ってやりたいところではあるが、食べ物を粗末にするということはできない性分である。
だから無理やり取り分けられた皿を、これ以上増やされないうちにと受け取ると、渋々ながらもフォークを手に取った。
無意識にも音をたてず、洗練された仕草で銀のフォークが小さな口に納まっていく。
王宮の豪奢なテーブルとは程遠いが、ヘンリーにとってはそんなものとは比べようもないほどにこのひと時が、ただ嬉しい。
「…何を見ている?」
「いや、お前が食ってるトコってはじめて見るからv」
「戦の最中にメシなど食えんだろうが」
「そりゃそうだけどな、なんか…嬉しいんだからしょうがないぜ」
モノを食べるということは、少なくとも「生きる」という行為である。
あの時 ―― ファイブ・ゴッド・ドラゴンの射程に掴まったとき、クリスが逃げようとしなかったことをヘンリーは見抜いていた。
むしろ、その一撃を受けることで全てを終りにしようとしているようで。
はっきり言って、あのときほど「恐い」と思ったことはない。
手に入らない口惜しさとか、失う重さとか、そんな理由はどうでもいい。
ただ、「セトがいなくなる」という事実は受け入れることができないと確信した。
1年前ならまだできたかもしれない。
しかし今は ―― この蒼が幻でもなんでもなく、確かに存在すると知ってしまったから。



飲まず食わずで戦っていたのは事実であるが、食欲がないということも事実であった。
だから何とかヘンリーが取り分けた皿を片付けると、少し苦しそうにフォークを置いた。
「…で、オレをどうするつもりだ?」
「どうって別に。ただ…今夜はここにいろよ」
「フン。食欲の次は性欲か。まぁ、好きにするがいい」
そういうなりクリスは立ち上がり、ヘンリーに背を向けるとふわりと上着のボタンを外した。
「え? …セト?」
飛び込んでくる白い肌に、ヘンリーの視線が釘付けになる。
細い肩にくっきりと浮かんだ肩甲骨のライン。
その傷一つない背中をシャツが滑り落ちる。
仄かに揺らめくランプの明かりに照らされた白い肌は、ちょっと触れただけでも壊れてしまいそうなガラス細工のように美しい。
そして ―― それ以上に、チラリと見えた横顔は冷たく生気を失っていた。
まるで人形のように無機質で、綺麗ではあるがあのゾクゾクするような覇気が微塵もない。
「どうした? これが貴様の望みだろう? さっさと犯れ」
まるで棒読みの言葉がヘンリーの癇に障った。
「…そうだな。じゃ、遠慮なく頂かせてもらうぜ」
そういうと、ほんの一瞬だけクリスの蒼穹が揺らめいていた。






Pledge 02 / Pledge 04


初出:2004.01.28.
改訂:2014.08.30.

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