Pledge 04


口付けを交わし、肌に指を滑らせ、軽く耳朶を噛むと、クリスの白い喉が晒されるように仰け反った。
「あっ…」
咄嗟に洩れた甘い声に、慌ててクリスが自分の手で口を押さえる。
その声に驚いたヘンリーが見つめると、サッと頬に朱が走り、生気の消えかけていた瞳がキラリと輝いた。
「声、聞かせろよ」
腕を押さえて見下ろせば、一瞬怯えたような瞳をヘンリーに向けた。
「な? セト…」
「くっ…いや…だ」
鎖骨のラインに唇を落して所々吸い上げるように刻印を刻めば、甘美な痛みが電流のように身体を駆け抜ける。
その感覚に驚いて、クリスは初めて拒否の言葉を口にしていた。
男相手に身体を開くなど、今までのクリスにとっては大したことではないはずだった。
『薔薇十字団』に入るためにも、『ローゼンクロイツ』の名を継ぐためにも、そして ―― 『青眼の白龍』を手にいれるためにも、相手の望むままにこの身体を利用してきた。
身体など、道具の一つでしかないから。
心と切り離してしまえば、何の痛みも持たなかったから。
それなのに ――
「俺を見て、感じろよ…セト」
「あっ…」
ヘンリーが触れるたびにゾクリとした感触が背筋を走る。
慣れきったコトのはずが、相手がヘンリーだと思うと何かが違う。
いつもなら ―― 相手が権力をかざした下衆どもなら、鳥肌が立ちそうなほどの嫌悪を感じながらも、娼婦のように乱れて見せるのも厭わなかった。
それが、ヘンリーの手にかかると全く違う。
演じる余裕さえない。
それどころか、まさかこんなに自分が感じて乱れるとさえ思わなかった。
まるで、全身が性感帯のようである。
ヘンリーの触れる先が熱くて、囁かれる声が思考を溶かし、かかる吐息が煽ってやまない。
まるで自分が自分でなくなるような感覚に、口惜しいが溺れそうになる。
「あっ…やめっ…ろ…ユギ!…」
人形には許されない拒否の言葉さえ、無意識のうちに零れてしまう。



「そうだ。もっとオレを呼べ。オレはここにいるから」
ヘンリーも正直言って余裕がなくなっていた。
本当は ―― 今夜はただ手元にクリスを置いておきたいだけだった。
勿論戦勝を盾に取れば、この高貴な佳人は屈辱を感じながらも身体を開くことを否とは言わないとは確信していた。
途中経過などどうでもいい。
結果として『負けた』という事実がある以上、無様な言い逃れをするような生き物ではないから。
それがあっけなくも手を出してしまったのは ―― クリスが全てを諦めたようにその体を差し出してきたから。
まるで ―― 自分もクリスを支配してきた権力者たちと同じと言われたような気がして。
所詮は貴様も奴等と同じ ―― と、クリス自身に言われた気がしたから。
それで結局クリスを抱いているというなら、同じといわれても仕方がないのにと我ながら呆れるところだ。
それでも ―― 晒された白い肌を見たら、抑制が効かなかった。
今手にいれなければ、一生手に入らないとさえ思ってしまった。
せめて乱暴にだけはすまいと理性に言い聞かせていたが、それさえクリスの閉ざされた瞳を見た瞬間、あっさりと消え去っていた。
あのゾクゾクするような蒼穹が、人形にはめられたガラス玉のように輝きを失くしていたから。
欲しかったのは、こんな「お人形」のクリスではなかったから。
ところが ――
「やっ…ああっ…」
耳朶を甘噛みしただけで跳ねるように身体を反らせ、甘い嬌声が無意識に零れた。
その瞬間、カッとクリスの白皙が朱に染まり、ガラスの瞳に生気が点った。
ヘンリーもその甘い声に正直驚いたが、何より焦ったのは声を出した本人のほうだったらしい。
咄嗟に自分の口を手で押さえ、洩れる声を抑えようとする様がいじらしかった。
人形を演じるつもりが、あっさりと陥落していることはすぐに判った。
生気に欠けた瞳に青玉の輝きが戻ってきて、縋るようにヘンリーの腕を握り返してくる。
屈辱と羞恥に染まった瞳は、あの美しい蒼を取り戻していた。
そして ―― その蒼がヘンリーに許しを請うように妖しく濡れ始めていた。
「あっ…やぁっ…ああっ ―― !」
天幕の隙間から差し込む月光に晒されて、クリスの身体が一際激しく反り返り、カクンと力を失っていく。
肩で息をつきながら、弛緩していく身体は薄いピンクに染まって全てをヘンリーに晒していた。
「愛してる、セト…」
そっと囁きながらゆっくりとクリスの中に入ると、震える腕が助けを求めてヘンリーの背中に回された。
「くっ…あぅ…」
綺麗な顔が苦痛に歪み、自然と涙が頬を伝っている。
濡れた瞳に映っているのは紛れもなくヘンリーだけで、見下ろすヘンリーもまたクリスしか見ていなかった。
「名前を呼んでくれよ、セト…」
「あ…ユギ…ユ…ギっ!」
突き上げるたびにクリスが切なくユギの名を呼び続ける。
押さえ切れない嬌声は、恐らく外で護衛をしているものたちには筒抜けだろうとは気が付いていた。
だがそれに気が付いたところで、もはやヘンリーにもクリスにもその行為を停めることはできはしない。
激しく楔を埋め込んで犯しているのがヘンリーなのか、
冷たい肌とは裏腹に、熱く咥え込んで締め付けるクリスが離さないのか。
どちらもお互いの全てに溺れているのは確かであった。
だから ――
「あっ…い…ユギっ…あぅっ!」
「くっ…セト…!」
全て解き放たれる開放と、最奥に放たれた迸りを感じながら、クリスはヘンリーの腕に抱かれたまま意識を手放した。
ただ、そのほんの一瞬 ―― 唇がかすかに震えて音にならない言葉をヘンリーだけが聴きとめた。
「…愛して…る、ユギ…」






Pledge 03 / Pledge 05


初出:2004.01.28.
改訂:2014.08.30.

Studio Blue Moon