Pledge 06


戴冠の儀の前に、戦場となったボズワースの荒野では戦没者への慰霊祭が行われていた。
8月の終わりともなれば、北欧のこの地では既に秋の気配に包まれている。
海に近ければまだ暖流の影響もあることだが、内陸のこの地では既に風も身を引き締めるように冷たい。
慰霊式の祭祀は全て神職が行う。
とはいえ一応チューダー軍の総司令官であるヘンリーは出席を余儀なくされている。
尤も、これは勝者に与えられた特権ともいえるものだから文句のつけようもないところだが ――
祭祀になど全く興味のないヘンリーは、チラチラと自分の天幕を気にして落ち着きがない。
そこに残してきた最愛の人が気になって。
だから、疲れたように溜息をつきつつやってきたジョーノを捕まえると、ヘンリーが開口一番に尋ねたのはクリスのことだった。
「クリスは?」
「取り合えず着替えてるみたいだぜ。流石にアレを見たときは怒りまくってたけどな」
その怒りの剣幕を思い出して、つくづく青眼をカードの戻していて正解だったと納得する。
「とにかく今は…イシュタルって言ったっけ? あの巫女サンに任せてきたから、もう少ししたら出てくると思うぜ」
「わかった。サンキュ、ジョーノ君♪」
イシュタルは元薔薇十字団総帥であったクリスの副官で、女ながらに強い霊力を持つ巫女でもある。
そんな二人をあわせることは、本来であればサイモン辺りが煩く言うところであろうが、彼女はリチャード3世死去を受けると同時に軍装を解いてヘンリーに下った為、粗略に扱うことはできない。
ましてや、昔からクリスを知っていて、その扱いに慣れているとなれば ―― ここは任せた方が得策だろう。
今日こそ名実ともにその全てを我が物にすることができるから。
尤も、「実」の方は既に昨夜の内に頂いてしまっていたが、「名」の方はこれからであった。
勿論、裏工作やらの手抜かりはなく、誰にも文句は言わせないだけの自信もある。
おそらく最大の難関はクリス自身であろうが、それだって言い包めて見せると、妙な自信を持つヘンリーであった。



全てが終わった戦場に、手向けの花とワインを捧げると、ヘンリーは居並ぶ諸侯に向き直った。
元々身分には拘らないヘンリーである。
戦の最中は下級兵士たちとも一緒に寝食を共にしていたし、戦いにおいては陣頭に立つことも稀ではなかった。
そのため、兵士のヘンリーに対する忠誠は、今までのイングランド王の中でも随一とも言える。
その新国王誕生の席に同席できることを、兵士たちは一生の思い出と誇ることは間違いない。
「おめでとうございます、若…おっと、もう、陛下と呼ばねばなりませんな」
慰霊式から戴冠の儀への短い準備の間、涙ぐんだ声で祝辞を述べるサイモンに、ヘンリーは苦笑しつつも今までの労を労った。
「苦労をかけたな、サイモン。ま、これからもしっかりやってくれ」
「何を仰せになられます。次は早く良き王妃をお迎えいただければなりませんぞ」
としっかりと釘を刺すサイモンに、ヘンリーは意味ありげな笑みを浮かべた。
その何か企んでいる表情には、流石の宰相も感涙に咽ぶ余り未だ気が付いてはいない。
「その心配なら要らないぞ。もう既に候補はGetしてあるからな♪」
「は?」
何のことかと首をかしげるサイモンに、ヘンリーは顎でしゃくった。
何となく、兵士達の歓声が静かになって行くようで。
その静寂の中心に ―― 薄いブルーのドレスを着せられた蒼穹の美姫が怒りもあらわに立っており ――
「サイコーの王妃サマだろ。美人で頭が良くて強くって。これ以上のヤツはいないぜ」
嫌な予感がサイモンの脳裏をよぎり、慌てて振り向けば、ジョーノはコソコソと逃げているしバクラにいたっては既に一人で宴会になっている。
「…陛下、まさか?」
「クリスティナ・セト・ローゼンクロイツ・オブ・ヨーク。先王リチャード3世の養女で、ヨークの最後のお姫様だぜ♪」



昨日までは敵として戦ってきたチューダー軍を前にして、クリスは覚悟を決めていた。
途中経過はどうであれ、自分が敗軍の将であることは間違いない。
敗者である以上、勝者の言いなりになるのは当然のこと。
だが ―― このプライドだけは安売りするつもりはない。
しかし ―― これは何の罰ゲームだ!と言いたくなるのは仕方がない。
(全く、あの男は何を考えているのだっ!)
「まぁキレイ。流石はヘンリー陛下ですわ。クリスに似合う色をよくご存知で♪」
半分逃げるようにジョーノが置いていった箱を開けて、絶句したクリスとは裏腹に、着替えの手伝いに来たというイシュタルは感嘆の声を上げていた。
箱に入っていたのは、 どう見ても女性が着るドレス ―― しかも最高級の仕立てであることはその方面には疎いクリスでも判るほど。
薄い青はクリスの蒼穹とよく映えて。
誰 ―― と言っても心当たりは一人しかいない ―― が注文したのか、サイズは測ったようにピッタリで。
「貴様も貴様だっ! 何故、そうまであの男の手下に成り下がっている!」
一緒に入っていたイヤリングやネックレスも、真珠やサファイアといったクリスの蒼穹や白い肌にはよく映えるものばかり。
それらを嬉々としてクリスにあてがうイシュタルが、絶対楽しんでいるとしか思えないのは誰が見ても一致する意見であろう。
「まぁ手下だなんて…。私は英国王室お抱えの魔道師ですのよ。王室に仕えるのであって一個人に仕えているのではありませんもの」
と開き直るイシュタル相手では、クリスに勝ち目などありはしない。
そもそも『薔薇十字団』自体が王室お抱えの組織であるから。
その主君がリチャード3世からヘンリーに代わっただけと言われれば、総帥であるクリスも認めざるを得ないはず。
だから ―― これからヘンリーの戴冠式を行うから自分も列席するようにという命令は納得できる。
敗軍の将として晒し者にするのならそれでもいい。
兵士の中には自分を殺したがっているヤツもいるだろうとは自覚していたから、その復讐心を抑えるスケープゴートにされても文句は言えない。
殺したければ殺しに来るがいい。但し、むざむざと殺られるつもりはないとさえ思っている。
例え素手であろうとも、無様な命乞いなどしてやる義理もない。
決して屈せず、媚ず ―― 恐れない。
いつも堂々と、後ろは振り向かず前だけを見て ―― 。
その命が果てる瞬間まで、誇り高く己を貫き通す。
それはもはや決意などではなく ―― クリスにとってはごく当たり前のことでしかない。
しかし ――
「だからといって、何故俺が女の格好をせねばならんのだっ!」
「それは簡単なことですわ。負けたから ―― に決まっておりますでしょ?」
とあっさり言われては、見も蓋もないとはこのことかもしれない。
更に、
「とにかく戴冠の儀に遅れてしまいますわ。急いでお着替えなさいませv」
それともそのまま裸で行かれます?と言われて ―― クリスはようやく身体に巻きつけていたシーツから手を離した。






Pledge 05 / Pledge 07


初出:2004.02.04.
改訂:2014.08.30.

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