Pledge 07


真直ぐ前だけを見て、毅然とかつ優雅に。
誰の追従も寄せ付けない孤高の美貌。
その気高さには、さしもの荒くれ兵士たちも言葉を失い、眼を見張るように一挙手一投足に見入っている。
それまでこの荒野に響き渡っていた歓声が、水を打ったような静けさに変わり、その中心には蒼天の瞳を宿した美姫の姿 ――
尤も、無表情に近いほどに取り澄ました顔とは裏腹に、蒼穹の瞳が怒りも顕に揺らめいているのは確かであったけれど。



「待ちかねたぜ、セト♪」
用意された玉座から飛び出して手を差し伸べるが、当然のようにクリスはプイッと首を振り、その手を無視した。
その仕草に晒された項には、服とギリギリのラインで昨夜の痕が残っており、つけた本人の方がドキリと胸を鷲掴みされる思いに慌ててしまうほどだ。
程よく外気に晒された肩甲骨や鎖骨のラインは、見る者の目を奪うほどにキレイだし。
どんな深窓の姫君でも適わないほどの白皙が、怒りのせいとはいえほんのりと薄いピンクに染まっているのも、なんともいえない。
昨夜は散々己のものだという烙印を押し付けて、激しく蹂躙したはずだった。
ヘンリーの楔を咥え込み、妖艶なまでに乱れたのも確かにクリスだった。
身体を揺すられる度にヘンリーの腕に取り縋り、泣いて許しを請い、何度も何度も絶頂を極めさせられたのも。
それが暁の来光と共にまるで夢か幻のように打ち消され ―― ここにいるのは清楚で気高い天上の女神のよう。
間違いなくこの腕に抱いたはずなのに、決して誰にも染められないセレスト・ブルー。
気高く、美しく ―― 誇り高く。
何人にも ―― 己が認めなければ、例え神であっても屈しないであろう絶対のプライド。
その強さが欲しくて ―― 戦を起こし、勝利を得た。
勝者しか、その蒼穹に認められる術は無いと知らされたから。
強くなくてはこのブルーを手に入れることはできない。
だから ――
「貴様…どういうつもりだ?」
流石に衆人の中では怒鳴り散らすというわけにも行かず、クリスはヘンリーにだけ聞こえるような低さで問い詰めた。
声が震えているのは、怒りだけでなく昨夜の名残で掠れているからだろう。
しかし、
「どうって…よく似合ってるゼ、うん♪」
「そういう意味ではないわっ! この戯けがっ!」
押さえに抑えていたものの、流石にココまで来るとそれも限界らしい。
思いっきりそう叫ぶと、その声は流石に身辺警護の兵士達には聞こえたようで、ハッと我に戻ってクリスに剣を向けようとした。
仮にも新国王に対する不敬罪。その罪は、万死に値する。
しかし刃を向けられたクリスは、丸腰であっても全く臆する気配すらない。
それどころか、振り向いて不敵に微笑むと、
「どうした? 俺を殺すなら今のうちだぞ? ここで見逃せば、俺がいずれコイツを殺す」
そう言って兵士達に向き直る姿は、まるで闘神アテネかワルキューレである。
正に闘うために生まれてきたような苛烈な瞳で。命ある限り誰にも屈しないであろうその輝きに、一介の兵士では身動きすら取れなくなる。
だが、
「どうせ見つめるなら俺にしてくれよな、セト♪」
と背後からその細腰を抱きとめると、ヘンリーは腕に抱きしめてその柔らかい栗色の髪に口付けた。
「な、何をす…やっ…」
腰に絡められた腕が背中に回され、晒された肩甲骨のラインをなぞられる。
その途端、昨夜散々覚えこまされた感触が呼び起こされて、ゾクリと総毛だった。
「言った筈だぜ? 俺以外を見るなって。何ならもう一度、その身体に教え込んでやろうか?」
「くっ…貴様…離せっ…!」
耳元で囁かれる言葉に腰が砕けそうな甘い疼きが押し寄せてくる。
気丈を装ってはみても、昨夜は散々抱かれた身体である。
僅かに残る喉の掠れ具合や腰の鈍痛など、一度堰を切ってしまえばヘンリーに見破られるのは一瞬のはず。
尤も ――
「…イチャつくのは後にして、さっさと戴冠式を始めてくれよ」
今後は近衛師団の指揮官になることが決まっているジョーノが、前途多難を予測しつつ声をかけると、流石にヘンリーも腕を緩めた。
「フッ…そうだったぜ。来いよ、セト」
と、台詞だけなら誘いの言葉であるが、その細腰に手をかけてエスコートされては、ままならぬ身体のクリスに反抗の余地はない。
「な…ちょっと待て、何故、俺が…」
ただ単に列席しろというなら話はわかる。敗軍の将として最後まで見届けろというならそれもいい。
だが、何故こんな格好をさせる必要がある?
しかも、戴冠するヘンリーの側というのは ―― ?
しかし、その答えはあっさりとヘンリー本人から与えられることになる。
「何故って…国王と王妃は国の共同統治者だぜ。結婚式は王都に戻ったら盛大にやるけど、戴冠式ならここで十分だろ?」
「王妃…だと? だ、誰がっ!」
「…って、勿論、お前v」
そう言ってクリスの前に差し出したのは、一枚の羊皮紙。その文面を見た瞬間、クリスは投げつける言葉も失っていた。
高級羊皮紙に刻まれた前イングランド国王リチャード3世のサインと国璽の押印。
―― クリスティナ・セト・ローゼンクロイツをリチャード3世の養女として迎え、ヨーク家の後継者と認める。
その筆跡は、確かに亡き国王のものと瓜二つであったけれど、そんなはずがないことはクリスが一番良く知っていた。
そもそもそこに記された己のサインとて、誰が見ても自分が書いたものと言われそうだが、全く覚えなどない。
「そりゃ、覚えがねぇだろうな。何せこの俺サマが細工したんだからよ」
まるでクリスの考えることなどお見通しと言うように、既に祝杯を挙げているバクラがククッと笑いながら、更にもう一枚ヒラヒラと手で振っている。
「おい、バクラ。大事な証明書なんだから、もうちょっと大事に扱えって」
「何、ダメになったらまたいつでも作ってやるぜ? このくらい俺サマにかかりゃ朝飯前よォ」
もう一枚は ―― 言わずと知れた結婚証明書。勿論そこにはヘンリーと自分の名が書かれており、
「ヨークのお姫様であるアンタと、ランカスターの末裔である若サマが結ばれることでこのイングランドも安泰。いやぁ、めでたいってやつだ」
「 ―― !?」
「ま、うちの若サマに見初められちまったのが運のツキってコトだな。諦めて腹を括るんだな」
ククッと笑いながらそんなことを言われて、勿論、はいそうですかと納得するクリスではない。
しかし、
確かにヘンリーならそのくらいのことは平気でするだろう。
どこまでが本気かは怪しいものだが、自分を手に入れるためと称して戦でさえ起こす男である。
そしてその戦いで勝利を得た以上、恐らく、本気で自分を手放す気はないのだろう ―― 今のところは。
「貴様…冗談も程ほどに…」
「冗談なんかじゃないって言ってるだろ? いい加減、認めろよ」
「認められるかっ!」
白皙が怒りでピンクに染まるのも絶景である。キラキラと輝く蒼穹も何もかもが愛おしい。
「セト…」
その白い手を取って、甲に口付けて
「何だ!」
「愛してる」
「 ―― !」
その一言で、クリスがピタリと身動きを止めた。



勝者にしか ―― 強者しか認めない。それは己に課せられた不文律。
ならば ―― 敗者である自分にできることは、それに従うのみ。
但し、ただ従うつもりはない。
「…判った。貴様が国王になるというなら俺も従ってやる。但し、」
「…但し?」
「国王としての責を果たせ。いい加減なヤツを俺は王とは認めんからな!」
苛烈な瞳にどこか照れたような恥じらいが見え、そんな無意識な強がりもヘンリーには愛おしい。
国王の地位など本当はどうでもいいこと。欲しいのはクリスだけで、クリスさえいればあとはどうなろうと構わない。
でも、そのクリスが勝者にしか従わないというのなら ――
勝ち続けることが、その手を取る条件だというのなら、
いくらでも闘って勝ち続けてみせる。
権力も地位も、手段として必要なら、どんな手を使ってでも ――
「いいぜ、お前が王妃として側にいてくれるなら、俺はよき王になって見せるぜ」
「フン、せいぜい政務に励むのだな。王族というのは、あれで結構激務らしいからな」
「心配は要らないぜ。夜にはお前が癒してくれるもんな♪」
「 ―― ///!」
「愛してるぜ、セトv」
玉座へと導くヘンリーの手が差し伸べられ、クリスは不承不承、己の手をそれに重ねた。






Pledge 06 / Pledge 08


初出:2004.02.11.
改訂:2014.08.30.

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