Pledge 08


戴冠の儀と言ってもそれ自体は既に確立された形式であるから、今更真新しいことをするわけでもなく、神職の手から王冠を受け、詔を発するくらいである。
ただ、そんな形式でも前例に習ってという回りくどいやり方をするから ―― 時間だけは無闇にかかるものでもあった。
無論、そんな無駄に長いものでも、形式を重んじる者達からしてみれば大事なことなのだろうが。
小煩い外野はともかく、直接関係のないジョーノやバクラは既に適当な理由をつけて席を外しているし、当事者であるヘンリーもはっきり言って飽きているのは眼に見えている。
無論それは不本意ながらつき合わされているクリスも同様であったが ――
(何だ?)
ふとゾクリとする視線を感じて、クリスは気配を探ろうと神経を尖らせた。
幸いなことに、周囲の注目は王冠を受けるヘンリーに向けられているため、多少の不躾も咎められる心配はなさそうである。
(何だ、この視線は ―― ? 神経を逆撫でするような、これは…)
ねっとりと嬲るような、寒気さえ感じる気味の悪い視線。
だが、その視線にクリスは覚えがあるのも事実だった。
そう ―― あれは確か、ローゼンクロイツの名を継承し、『薔薇十字団』の総帥の任を受けたとき。
今は亡きリチャード3世から青眼のカードと引き換えに、伽を命じられて寝室に向った最初の夜、後宮の廊下ですれ違ったあの男から向けられた、憎悪にも似たドス黒い怨念のような ――
「あ…まさ…か?」
咄嗟に降りむいて ―― 視線の先を確認する。
そこにいたのは、本来いるべきではない者。
そして、その手のもつ鈍い光に気付き、
「伏せろっ! ユギっ!」
「セト?」
ヒュンと鳴る風切り音が耳に届いた瞬間、背中に鈍い衝撃と灼熱感を感じていた。



「セトっ!」
無闇に飾られた王冠を拝していたために一歩出遅れたヘンリーは、その一瞬が全てであることを今更ながら痛感していた。
その手に剣があれば ―― クリスほどの腕なら、楽に叩き落していたことだろう。
いや、せめて甲冑を着せていれば、こんなことにはならなかったはず。
自分を庇うように身を躍らせたクリスの背に、次々と放たれる矢。
その刹那の瞬間に動けた者など、誰もいなかった。
「セト…セト ―― っ!!」
ゆっくりとバランスを崩して地に倒れようとする身体を抱きかかえると、その両手は真っ赤な血ですぐさま染まっていく。
ブルーのドレスも見る見るうちに赤く染め上げられ、クリスの丹精な眉が苦痛に歪んだ。
「セト、セトっ!」
名前を呼ぶしかできない無力さが歯がゆい。だが、そうでもしなければ何もかも失ってしまうようで。
急速に力を失っていく白い身体をかき抱き、ヘンリーはクリスの名を叫び続けた。






Pledge 07 / Pledge 09


初出:2004.02.18.
改訂:2014.08.30.

Studio Blue Moon