Pledge 09


一方、弓を射た男はすぐさま捉えられ、ヘンリーの前に引き立てられてきた。
「おのれローゼンクロイツ。どこまでも邪魔をして…」
ギリっと血が滲むほどに唇を噛んで罵る男は ―― 元宰相ウォーリック伯の長男ギルバート。
かつてジョーノに追い詰められ、無様な負け戦を晒した挙句、クリスによって救出されたという曰くを持っていた。
「貴様も、チューダーも、我らヨーク一族から見れば下郎の分際よ。神聖なイングランド王の地位につけると思っているのかっ!」
その凶刃を防げなかった兵士達の焦燥が、ギルバートへの暴行へと代わるのは容易い。
更にそこにはその父であるウォーリック伯や薔薇十字団No.3のペガサスの下にいたキースらもおり ―― 彼らから発せられる禍々しさは尋常のものとは思えなかった。
そう ―― 彼らの背後に邪悪な黒い影が揺らめき、その影は5つの首を持つ邪竜の姿をとりつつあった。
「まさか…・ファイブ・ゴッド・ドラゴン? そんな、アレは倒したはずじゃ…」
身動きが取れないヘンリーを守るべく立ちふさがったジョーノが、驚愕の声を上げる。
その禍々しさは先日以上のパワーを持ち、並みの兵士では気死し兼ねないほどの圧力を持っていた。
尤も、一番尋常でないのは、血に染まるクリスを抱いたヘンリーである。
「貴様ら…この場で殺してやるっ!」
ヘンリーの心の奥に巣食う闇が一気にあふれ出し、呼び出されたオシリスの天空竜がその雄叫びを轟かせる。
―― ゴォォォーッ!
一瞬にして喧騒の渦に巻き込まれた兵士達が、その圧倒される力の前に怯え、逃げ惑って、更に混乱を引き起こしていた。
「お、おい、ユギ! 落ち着け! こんなところで『神』を開放したら…」
クリスを傷つけた者達だけでは済まされない。
ここにいる兵士達も巻き添えになりかねなく、そんなことをしたら ――
しかし、怒りに我を失っているヘンリーには、誰の言葉も届くことはない。
そう、一人を除いて ―― 。



「行け、オシリス! サンダー…」
と、その時、
「…待て、ユギ…」
それは、周りの者には言葉として聞き取ることはできないほどの囁きで。
しかし、確実にヘンリーの耳にだけは届いていた。
「言った筈…王としての責を果たせ…と。俺には構うな…」
急速にヘンリーを包んでいた闇の気配が消え去り、ヘンリーの赤い眼はかすかに動くクリスの唇を追っている。
「セ…ト?」
「貴様を殺すのはこの俺だ…他のヤツになど…くれるものか…」
既に気管へも出血が響いているのだろう。
ゴホッと咳き込むとその唇からは鮮血が溢れ出し、その赤とは対象に白い肌は蝋のように色を失っていく。
「セト、しっかりしろ!」
肌は血の気を失っても、その輝きだけは代わらない蒼穹の瞳。その眼がヘンリーを見つめ何かを告げようとしたその時 ――
―― キシャーアアッ!!
「あれは ―― ブルーアイズ!?」
幾らクリスの忠実な僕とはいえ、召還術も成しに聖獣が姿を実体化するなど本来は考えられるコトではない。
だが、実際にそこには封印されていたはずのクリスの『青眼の白龍』が姿を現し、更にその場に二つの光が舞い降りた。
クリスの半身、イブリースと瓜二つの『青眼の白龍』が更に二体。
「アズラエル…ジブリール…」
ヘンリーの腕の中で、クリスが愛しい僕の名を呟く。
「行け、ブルーアイズ・アルティメット・ドラゴン。全ての邪悪を薙ぎ払え。…アルティメット・バースト ―― !」
―― キシャーアアッー !!



全てが白い光に包まれ、邪悪を打ち消して元に戻った瞬間 ―― ヘンリーは腕の中にいたはずのクリスを失っていた。
「セト? セト ―― っ!」
両手に残った血の跡すら消えていて、そこに残されていたのは一輪の白薔薇のみ。
そして、
パサリ…
天空から舞い降りてきたのは、3枚のカード。
しかしそこに聖獣の姿はなかった ―― 。






Pledge 08 / Pledge 10


初出:2004.02.18.
改訂:2014.08.30.

Studio Blue Moon