First Blush 01


柔らかな日差しを感じてヘンリーが目を開けると、そこには絶世の美姫が眠っていた。
透き通るような白い肌に、柔らかそうな栗色の髪。
真紅の唇からは僅かな寝息が零れて、かの人が安らかな眠りについていることを確信する。
「…朝から反則だよな」
この美姫の最大の魅力はその蒼穹 ―― だが、今は安らかな眠りの元に伏せられている。
おかげで、普段の苛烈な生き様からは考えられないような、年相応 ―― 否、2、3歳は軽く子供に戻ったようなあどけなさで、その無防備なまでの姿が腕の中にあるというだけでも嬉しいと思う。
一度目が覚めてしまえば、絶対に甘えたり、頼ったりするようなヒトではないから。
寧ろ孤高で、何人とも ―― 唯一のしもべ以外は ―― 側に近づくことさえ許そうとはしないから。
クリスチャン・セト・ローゼンクロイツ。
己の持てる力すべてを駆使して、漸く手にいれた至高の宝玉。
勿論これからも ―― 未来永劫に手放すつもりなど全くこれっぽっちもない、唯一絶対の存在。
「愛してるぜ、セトv」
「ん…」
「おっと…起こしたか?」
呟きながらもその寝顔に見入れば、軽く瞼が揺らいだ程度でまだ起きる気配はない。
(ま、そうだよな。昨夜もあんまり寝かしてないし…)
元々クリスは眠りが浅い方で、ちょっとした物音でもすぐに目を覚ましてしまう方であったはず。
だがこの離宮に入ってからというものの、毎晩のようにヘンリーと夜を過ごすようになり ―― 当然、連日のアレコレで眠りに付くのは明け方近く。
それに、ヘンリーの腕の中はクリスにとっても ―― 絶対に口に出して言うことはなくても ―― 心地が良くて。安心して眠れる場所であったから、結構無防備な寝顔も見せてくれるようになり…
「…っと、ヤバイ。ココで更に始めたら…イシュタルに殺されるぜ」
いつも張り詰めたように取り澄ますことの多いクリスだから、こんな無防備な姿は本当にレアで。
ヘンリーにとっては「襲ってくれ」と言っているとしか思えないというもの。
それに、いつもなら己のモノと後先考えずに刻む所有印も、昨夜はかなり自重させられていたから ―― シーツの波間に見え隠れする白い項や鎖骨のラインに、食指が動かない方がどうかと思うほどの色っぽさで。
「あと1個くらいいいよな〜。だって、セトは俺のだしv」
己の欲望とあとでイシュタルに怒られるという未来を天秤にかければ、当然傾くのは前者の方で。
そっと起こさないように覆いかぶさり、項に唇を落せば ――
「陛下、そろそろお支度をお願いいたしますわ」
「 ―― っ!」
降ろされた天蓋の向こうから、英国最恐の女魔導師の声が聞こえてきた。
「い、イシュタル? おはよう」
まるで「ダルマさんが転んだ」状態。クリスの項を目の前にして、ピタリと時が止まったように硬直する。
そんなヘンリーの様子を知っているのか、
「出すぎた真似をとは思いましたけど…本日がどういう日かご存知でいらっしゃいますわよね、陛下」
シルクの天蓋の向こうでは、流石に細かい表情まではわからないが ―― あくまでも表情はニッコリと微笑んでいるのだろうと思える優しげな声が釘をさす。
「…判っている」
「では陛下もお支度をお願いいたします。クリスも起こしてくださいませ、湯浴みの準備ができておりますので」
それだけ言うと、サラサラという衣擦れの音とともに立ち去る気配がして、
(あの女、いつの間に来たんだ?)
絶対に気配など感じなかったはず。
それに邪魔されたくないからしもべの黒魔術師に結界だって張らせてあったはずなのに ―― 流石、英国最恐の女魔導師。
侮れないと思ってはいたが…。
「ま、いいか。確かに…今日は特別だもんな」
そう呟くと、名残惜しげにあと1つだけ朱の刻印を刻むに留まった。






First Blush 00 / First Blush 02


初出:2005.04.30.
改訂:2014.08.30.

SILVER EMBLEM