First Blush 03


朝の会議に他国の使者との謁見、昼食後は実務担当の文官の報告や上申を聞き、場合によっては視察の手配をし、夜はその日に上がってきた書類の決裁をする ―― というのが、通常の国王としての政務である。
勿論、その全てを国王ただ一人がするわけではなく、本来であれば共同統治者でもある王妃が寄り添い、更には、それを支えるべく大臣や副官、文官がつくものである。
実際にヘンリーの御前会議においても十数人の出席者が名を連ね、それぞれ担当の業務報告を滞りなく行っているが、ただ一つだけ空席があった。
場所は、国王であるヘンリーのすぐ隣 ―― いわずと知れた、『王妃』の席である。
「…とのことで、よろしゅうございますか、陛下」
「そうだな。ではその通りに取り計らえ」
「御意にございます」
ここ数日は後宮に篭りきりで政務も滞りがちだったヘンリーであるが、この日は珍しく御前会議を執り行うと、山積になっていた案件を片っ端から片付けてしまった。
元々、ヘンリーはどちらかといえば武勇の王であり、通常の政務を苦手とするところがある。
しかしそこはよくしたもので、幼い頃から仕えているサイモンを初めとする優秀な文官に恵まれていることと決断の早さが功を成し、その気になれば日常の政務などなんでもないはずだった。
実際、
「それにしても…本気になって下されば、こうも早くご政務が片付くと申されますのに」
全く困ったお方じゃと、目付け役でもあるサイモンが愚痴を零せば、国王とは言えどもヘンリーも苦笑せざるを得ないところである。
「まぁそう言うな、サイモン。漸くの安寧だぞ。少しはゆっくりさせてくれ」
「しかしですな、大体、陛下は…」
「判った、判った。以後、気をつけるとしよう。だが…」
チラリと両脇の文机を見れば、先ほどまで未処理で山積になっていた書類は姿を消し、同じ高さの処理済みの山に生まれ変わっている。
これで何事もなければ二、三日は急を要する懸案もないはずであろう。
それを確認すると、
「今後は気をつけるとしても、だ。明日、明後日くらいは休んでも構わないな?」
そう言って ―― 幼い頃から変わらない、何か悪事を企んだときの表情を見せると、サイモンは今までの経験からいやな予感を払拭できなかった。
「陛下…?」
そう、例えば ――
「ああ、本日このあとより、オレはクリスと結婚式をあげる」
ザワッと大臣達の表情にも驚愕が走るが、当のヘンリーは全くそ知らぬ顔である。



長きに渡った薔薇戦争が終結して、そろそろ一年がたとうとしている
しかし、新国王となったヘンリーと共にこのイングランドを統治すべく王妃は、未だ不在が続いていた。
その席に、是非にとヘンリーが熱望している者がいることは、王宮に上がれる者ならば知らぬ者はないほどであるが ―― その人物にはかなり問題があった。
元々、赤薔薇ランカスター家の唯一の男子であるとはいえ、ヘンリーはあくまでも分家ボーフォード家マーガレットの息子であり、父方チューダー家は王位継承権を剥奪された家柄である。
そのため幾ら戦争で勝利を得たとは言え、その政治的基盤には脆いところがあるのは否めない。
そんな中で、ヘンリーが正妃にと望んでいる白薔薇ヨーク家の令嬢、クリスティナとの結婚は、表向きだけを取れば悪い話ではないのだが ―― 肝心の「令嬢」が、実は白薔薇軍最高の騎士団『薔薇十字団』の総帥、クリスチャン・セト・ローゼンクロイツであるということは、間違うことない事実であった。
しかもクリスは ―― 先王リチャード3世の愛人であったことも広く知れ渡っており、本来であれば、戦後の事後処理として処刑されてもおかしくない立場のはずであった。
だがヘンリーは、本人も気がつかないうちにクリスをヨーク家の「養女」として公認させ、自分の戴冠の儀でも王妃としての共同統治者ということを宣言していたのだ。
おかげで、あわよくば己の一族から新王妃を擁立できるかもと期待していた大貴族達からすれば、クリスの存在は目障りであることこの上ない。
となれば、それを排除することを考えるのは、政略に富んだ貴族にしてみれば当然とも思えたが ―― それは簡単に済む話ではなった。
仮にも、クリスは、かつては最強の騎士といわれた『薔薇十字団』の総帥であった身である。
しかもそのしもべは、数ある精霊でも最強を誇る「青眼の白竜」。
更に、今では幾ら大貴族といえどもそう容易く立ち入ることのできない後宮に住むクリスである。
そう容易く謀略をめぐらすことも適わず、ましてや「暗殺」などできるはずもない。
せめて ―― 男であるクリスであれば世継ぎを産むことも適わないため、自分の娘や身内のものをヘンリーの寝室に送り込もうとした貴族は数知れないようだが、そのどれもが悉く失敗に終わっていた。
ヘンリーの、クリスに対する執着は並大抵ではなかったのだ。
つい先日、いきなりクリスを後宮に迎えたかと思うとそのままヘンリーまでもが閉じこもり、漸く姿を現したかと思えば ―― この結婚宣言である。
「まぁ突然のことで、皆も驚くのは仕方がないな。よって、本日の式はごく内輪で済ませようと思う。無論、国民には触れは出すが、皆の列席は必要ない。日を改めて披露の宴を設けるから、そのときに祝辞を述べてくれればいいぞ」
つまりは邪魔される前に法的なことと、既成事実を作ってしまうということで、してやられたことに気がついた貴族達は内心で歯噛みしながらも、祝いの言葉を述べないわけには行かなかった。






First Blush 02 / First Blush 04


初出:2007.06.17.
改訂:2014.08.30.

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