First Blush 05


クリスの気の変わらないうちにと、早々にヘンリーを部屋から追い出すと、イシュタルは早速クリスの着替えに取り掛かった。
とはいえ、改めて差し出された衣装 ―― ウェディングドレスを前にして、クリスは嫌そうに眉を顰める。
「あら、いかがされました? こちらのローブ・デコルテでは御不満でも?」
「…貴様、本気で判らんという気か?」
ローブ・デコルテだけではない。
見ていればベールや手袋、ブーケに加えて、国宝級と思えるネックレスまでもが所狭しと並べられている。
勿論それらは花嫁用の品々で。確かに着替えるとは言ったが、
「御存知なかったのですか? ローブ・デコルテはれっきとした最高礼装ですのよ。ロイヤル・ウェディングには、とても相応しいかと思いますけれど?」
「それは、女の場合だろうがっ!」
俺は男だぞ、何故判らんっ!と、クリスが恕吐きたくなるのも、無理ならむところであろう。
しかし、
「フフフ、まぁそんな嫌そうなお顔をなさらないでくださいませ」
嫌そうなのではなく本気でイヤなのだと訴える氷の視線など気にもせず、イシュタルはクリスの手にドレスを渡した。
「この日のために、陛下が最高の素材と最高の職人の手で作らせたのですよ。よく御覧なさいませ」
つい成り行きで受け取ってしまったが、ええぃ、こんなものっ!と。できることなら窓から放り投げてやりたいのも本心である。
しかし、確かに生地は最高級の総シルクで、金に糸目をつけずに作らせたのだろうと言うことは想像に容易い。
それによく見れば、ドレスには共糸で精巧な刺繍が施されており ――
「これ…は…」
敢えて生地と同じ糸で施されているため、こうして手にとって見なければ気がつかなかった。
そして気がついた瞬間、クリスの表情がふわりと緩んだ。
そう、そこに施されていたのは ―― クリスの最愛のしもべ、青眼の白竜。
身につければ、2匹の青眼が絡み合って守護するようにデザインされていたのだ。
しかも、
「まだございますのよ。こちらもご覧くださいな」
そう言ってイシュタルが見せたのは ―― シルバーの台にエメラルドを散りばめたティアラ。
勿論こちらも青眼をモチーフにしているのは、言うまでもない。
「陛下にとっては手強い恋敵であるのも事実ですが…大事な花嫁を守護するという意味では、勝るものはおりませんでしょう?」
尤も、このデザインなら絶対にクリスがイヤだとは言わないだろうと見込んでのこともあるのだろうという思いもするが。
その一方で、ヘンリー自身が青眼に一目置いていると言うのも、紛れもない事実なのだろう。
「…フン、小癪な真似を」
余りにも見え透いた手で、そうと判っていながら無碍にもできないことには歯がゆさもある。
だが、
「…確かに、服に罪はないな」
そう呟いて袖を通せば、ヘンリーの手によってミニチュアサイズにされてはいる青眼イブリースが、甲斐甲斐しく手伝いに来た。
「キュゥ…グルル…」
「すまぬな、イブリース」
「グゥルルル…」
まるで子猫が喉を鳴らして擦り寄ってくるように甘えてくれば、自然にその表情は柔らかく綻ぶもので。
ましてや、豪奢なドレスにシルバーのティアラ。その胸元には国宝級とも思えるサファイアを煌かせた姿は、正に ―― パーフェクト・ビューティ。
その美しさには、見慣れているはずのイシュタルも思わず溜息を零してしまう。
しかし、
「クリス、改めてお願いいたします」
そんなクリスの前に膝を折ると、イシュタルは頭を下げた。
「陛下は…その気になれば良き王となられ、後世に名を残すお方となるでしょう。ですがあの方は、途方もない闇も抱えておられるのは御存知の通りです。その闇が暴走したとき、止めることができるのは…」
「フン、判っておるわ」
実際に、ヘンリーが闇を暴走させかけたあの ―― クリスが、ヘンリーを庇って傷を負った ―― 時、それを止めたのはクリスの声だけだった。
そして、襲い来る邪竜を迎え撃ったのも ―― クリスのしもべである、青眼の白竜。
『幾ら国王になっても、お前が手に入らないなら、俺には全く意味がない。お前がいてくれるから、俺もここにいる。それだけだ』
あの言葉は、まぎれもなくヘンリーの本心。
もしも再びクリスがヘンリーから離れるようなことがあれば、この英国のみならず世界を闇が包み込むこともありえるのだ。
「それでは…あえて申し上げさせていただきます。何卒、御身を慈しみ、末永く陛下とお幸せになられませ」
「それならば、アレの底知れん精力の方を何とかしろ。」
「ホホホ、それは無理なご相談でございましょう? まぁ、余りにも政務に支障が出るようでしたら、対策も考えさせていただきますわ」
そうして結局、俺は貴様らの人身御供か!と、罵ってみても ―― 後の祭りである。






First Blush 04 / First Blush 06


初出:2007.06.24.
改訂:2014.08.30.

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