Instrument 03


後にアミューズメント界のトップに君臨する海馬コーポレーションであるが、その始まりは現当主海馬剛三郎の父が興した「海馬重機工業」という名の軍需成金である。
大戦終了後のどさくさにまぎれて旧日本軍の払い下げを巧く利用し、その後に起きた朝鮮戦争で一気に戦争成金へと成長して。
その後の冷戦時代においても米ソの両陣営を巧みに渡り歩き、更には中国やインド、中東にも繋がりを広げた。
幸い、人間は宗教で博愛を唱えながらも実際には争うことをやめない生き物であるからその需要が途絶えることはなかったが、ここ数年のソ連解体や東欧の独立などから多少状況が変わりつつあったのも事実である。
そのため父から会社を譲り受けた剛三郎は、まず社名を変更すると同時にハイテク産業への移行を試みていたが、それでも軍需産業から手を引いたわけではなかった。
戦争とは、実業家からみればこれほど美味しい市場は他にない。
一度勃発すれば大量の兵器を必要とするが、それは常に消費量をふやすだけで生産性に欠けるのだ。ましてや膠着状態にでもなればそこからの打破を望む余りに益々費やされる兵器は増える一方で、まさに濡れ手に粟とも言える状態である。
勿論、そこには人の命の犠牲というものもあるのだが ―― 軍事企業の人間にとって、他人の命ほど安いものは存在しないのだ。
そう、他人というものは、いかに自分の利益のために利用する価値があるか否かというもので。
そしてそれは、養子として迎えたはずの瀬人に対しても同じ価値観しか持たない剛三郎だった。



剛三郎と共に海外に出て、既に一ヶ月が過ぎようとしていた
その間、3日と空けずに制服軍人や首脳といった政府要人との交渉が入り、その席には瀬人が同席することも多かった。
しかも中にはゲリラ組織の上層部やマフィアの幹部といった者もあったようだが、そんなことを気にする余裕はなかった。
勿論、全ての交渉権は剛三郎の手にあり、瀬人はただ側で見ているだけである。
だがそれこそが今回の自分の役割だとわかっていたから、万に一つも漏らすわけにはいかなかった。
いずれは自分が剛三郎の跡を継ぐのだから ―― 吸収すべきものは幾らでもある。
それに、次期後継者として顔を売ることも、大事な役割でもある。
そう自覚して貪欲に剛三郎の交渉手腕を吸収することに専念していた瀬人であったが、あるときふと気がついた。
話の内容はとあるゲリラへの武器支援。それを請け負っている香港のマフィアとの交渉であったのだが、その相手が時折瀬人を舐めるように見ていたのだ。
勿論こういった席にまだ成人もしていない子供が同席することなど滅多にないことであろうから、とも思ったのだが。
その相手の雰囲気はそんな訝しさだけでは図れないものがあった。
相手が香港マフィアの幹部ということは瀬人も薄々気がついている。
だが、チャイナ服に身を包んだその男はまるで京劇のヒロインのように細身な美男子で、一瞬瀬人も女性かと思ったくらいの美貌の持ち主だった。
しかも、どちらかといえば常に強気で押し切る形の交渉を得意とする剛三郎であるが、しなやかな柳のように接するその男にはいつものやり方は通用しないようで、なかなか折り合いを付けられずにいるようである。
そのことにも業を煮やしたのか、
「…どうやら、瀬人にご関心があるようですな」
瀬人への関心に気がついた剛三郎が話を振ると、男は笑みを浮かべて見せた。
「僕もこの世界に入ったのは、丁度彼くらいのときでしたのでね。ちょっと懐かしく思ってしまっただけですよ」
気に障ったのなら済みませんと微笑むが、その笑みはとても本心とは思えない。
いや、そうやって笑っている姿そのものが作り物めいた異質を感じさせて、そこにいるのは生身の人間ではなく、人の皮を被った得体の知れないもののように思える。
恐らくそれは、どんなにキレイな笑顔を見せてはいても、その男の眼が決して笑っていなかったからで、それも相手がマフィアの幹部だからと無理矢理納得させていた瀬人であったが ―― 言い知れぬ不快感は隠し通せるものではない。
その舐めるような視線も、薄く浮かべる笑みも。
全てが今すぐにでも逃げ出したいくらいな不快感でしかないのだが。
「まぁ、若いうちに色々なことを経験するのは良いことだと思いますね。ああ、失礼しました。話を元に戻しましょうか」
そう言ってなんでもなかったかのようにされたとき、無意識に安堵の息をついていたことに瀬人は気がついていなかった。






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初出:2007.04.29.
改訂:2014.09.06.

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