白竜降臨 01


例えば ――
1日目ならば「よぉ、久しぶりだな」で済むし、2日目でも、「へぇ、珍しいね」で済むだろう。
だが、3日目にもなると、相手が相手だけに作為を感じ ――
「お前…一体どういうつもりなんだ!」
そう逆ギレしたのは、顔を見合わせれば喧嘩の絶えない城之内だった。



「…何を言っているのだ、貴様は?」
一瞬にして静まり返った教室で、しかし言われた本人は全く訳が判らないとでも言いたげにただ静かに席についていた。
そのあまりにも冷静な物言いに、城之内の方がますますカっとなる。
「天下の海馬コーポレーションの社長が3日も続けて学校にくるなんて…ぜってぇ理不尽じゃないか!」
凄いよ城之内君、「理不尽」なんて言葉を知ってるんだね!と、感心する遊戯(勿論、表の方)はともかく、大抵のクラスメートは、「ああ、また城之内が起爆スイッチを押した」と同じクラスになった不運を呪うのが常である。
一般の男子生徒は災いに巻き込まれないようにそそくさと教室から退去を始め、女子生徒の大半は海馬の勇姿をシャッターに収めようと携帯を取り出す。
呆れつつも成り行きを見守っているのは、杏子や遊戯、御伽、獏良、本田といったいつもの面々である。
だが、
「確かに俺は海馬コーポレーションの社長ではあるが、一応、この童実野高校の生徒でもあるはずだぞ?」
そう諭すように言う海馬に、おや?と眼を見張ったのは言うまでもない。
何せ、城之内が噛み付いたのはあの「海馬瀬人」。
日本は愚か世界でもその名が知れたアミューズメント界のプリンスで、幼い子供たちからはカミサマ(一説によると女神様)のように崇拝されていると言っても過言ではない。
その上黙って立っていれば「カードの貴公子」と称されるのも頷ける美貌の持ち主で、世の女性方や一部のオジサマ方を微笑一つで魅了するのも容易いもの。
そんな表の姿は然ることながら、その財力は日本の国家予算を上回ることは間違いなく、この童実野町においては、はっきり言って町長など足元にも及ばない権力を持っている。
いや、もしかしたら総理大臣やアメリカ大統領だって跪かせることを厭わず ―― 実際、各国の権力者など「あの時のメモはまだ残っている」の一言で容易く操れることは実証済みである。
それほどの策士でありながら性格は更に苛烈極まりなく、ゲームに負けた腹いせにビル一つを「DEATH-T」などという殺人ゲーム仕様に作り上げることも平然とやり、「もはや必要ない」の一言で島一つ爆破することも躊躇わない。
挙句には、戦闘機は乗り回すわ、銃は乱射するわ、登場にヘリを使うわ…その行動はごく一般的な人間には予想などつかぬもの。
そんな海馬であるから、「駄犬ごときが煩いわ。吼えるなら外でやれ」くらいのことを言い放つのは当たり前。
いや、そんな言葉の前に窓からつまみ出される(ちなみに教室は3階)方が確率が高いのに…。
「どうしたんだ? 海馬のヤツ…具合でも悪いのか?」
また城之内を拾いに行かなきゃと、構えていた本田は肩透かしを食った気分だった。
そもそも不思議といえば、海馬が3日も連続して学校に現れたことだけではない。
いままでなら長くても一時間の授業で、その授業中でさえも専用の端末を持ち込んで授業などBGM代わりに仕事を続けていた海馬である。
ところがこの3日間は朝の始業から夕方の終業まで出席するどころか、その間、机の上に出されていたのは教科書とノートのみで一切仕事の気配は見せなかったのである。
「まさか、社長業を辞めたとか?」
「そんなことになったら…それこそ大ニュースになってるよ」
いや、ニュースどころではない。若くても海馬のカリスマ性は並外れたものがあるので、本当にそんなことになっていれば、今頃、株価は大暴落を起こし、童実野町は倒産と失業の暴風が吹き荒れることだろう。
だが、勿論話は幸いにして今のところはなく ――
「ホントだね。そもそも、もう一人の僕が大人しくしてるっていうのもヘンなんだよね」
そういって目を閉じて心の部屋の様子を見ようとする遊戯だが、どうやらもう一人の遊戯は心の奥の部屋から出てくる気配がないらしい。
海馬絡みとなれば、いつもなら押さえようとしてもしゃしゃり出てくる性格のはずなのに、ここ数日は不気味なほどに大人しい。
「そうだね。僕の方も、何か避けているみたいに大人しいよ」
そう遊戯と並んで言ったのは、やはり同じようにその心にもう一人の人格を宿している獏良である。
こちらも、海馬や遊戯が絡むことであれば表に出てきて何かしら構わないと気がすまない人となりのはずであったのに、ここ数日は本当に大人しいものだった。
そう、ふと思えば、ちょうど海馬が連続して学校に現れるようになってから ―― である。
「どうしちゃったんだろうね?」
「そうだねぇ〜」
海馬のことも気になるところだが、それと同じくらいにもう一人の存在のいつもと違う行動には ―― その身を共有しているがゆえに気になるところであった。






Prologue / 02


初出:2006.11.20.
改訂:2014.09.20.

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