白竜降臨 02


どこまでも続く水平線に、今、ゆっくりと太陽が沈もうとしていた。
渚には少し肌寒くなりかけた潮風がそよぎはじめ、日中の喧騒を打ち消して行く。
そんな中 ――
「いつまで俺を待たせれば気が済むのだ?」
一気にブリザード級の冷気を帯びた声が、ペガサスの耳に届いた。



この日は、II社が主催したデュエルモンスターズのイベントが行われ、その特別ゲストとして海馬も呼ばれていた。
イベント自体は新しいカードパックの発表で、そのシリーズを中心に組んだデッキを使うという条件さえ満たせば参加自由のエキシビジョンマッチである。
勿論、それにはKCが発表したデュエルディスクが採用されており、その宣伝も兼ねていたのは言うまでもない。
そして勝者には ―― 今回のシリーズのアルティメットレアカードが譲られる、となれば、当然、レアカードには眼のない海馬である。
誰もが出場は当然と思ったのだが ――
「申し訳ありまセーン、海馬ボーイ。今回は、幼いデュエリスト達に華をもたせてあげてくだサーイ」
「…それはつまり、俺にはエキシビジョンマッチに出るな、ということか?」
「イエース。勿論、その代わりと言ってはナンですガ、この後のビジネスのお話が済みましたら、ユーには別のレアカードをプレゼントしマース」
だからエキシビジョンマッチには出場せず、終わったらアトリエに招待すると言って、ここ ―― ペガサスの所有する孤島 ―― までおびき出したのである。
それもこれも、何せ相手は、あの、海馬瀬人であるから。
同じくアミューズメントビジネスに身を置くもので、立場上だけで言えば、本来はペガサスの方が上位に立てるはずである。
というのも、現在、KCの主力である「デュエルディスク」は、ペガサスが考案したデュエルモンスターズかあってこその代物であり、当然、II社とKCの間で専属契約が交わされているからこその販売であるから、その契約を破棄されたら、KCには大打撃は間違いないはず。
となれば、ペガサスに媚を売ったり多少の便宜を図るのが当然と思えるところだと言うのに、海馬にはそんな殊勝な態度が見られたことなど今まで一度もなかった。
どんな相手に対しても、尊大で、倣岸で、不遜を貫く。
その姿は ―― まさに闘って勝ち取ることだけに意義を見出す戦女神のように高潔で。
お陰で、媚を売るようにわざわざKCを訪れたり便宜を図ったり、更には海馬個人にプレゼントを贈るのは寧ろペガサスの方となっていた。
そして海馬と言えば、機嫌が余程良いときでもなければ、逢ってくれることさえ皆無に等しいというほどのことで。
そう、それこそレアカードの一枚でも持ってこなければ ―― である。
そんな海馬であるから、優勝商品がレアカードとなれば出場を望むところと思い、そうなればビジネスの話などどうでも良く、レアカードさえ手に入ればさっさと日本に帰ってしまうということは眼に見えている。
(ジョークではありまセーン。折角ここまでおびきだし…イエ、招待したのデース)
あまりに美しい花は手折って自分だけのモノにしたくなるというもの。
そう思って、キングダムでは闇の力を使ってまでして手に入れてみたが、時間はあると油断してしまったがために、惜しくもたった一晩でその花はペガサスの手をすり抜けてしまったのだ。
しかも、その一晩のことを楯にしようとしても、
「フン、そんなことが脅しの口実になるとでも思っているのか? そんなことで屈する俺と思うな!」
そうけんもほろろに言われてしまえば ―― あとは姑息と言われようが、実力行使しか方法はないと思うのはペガサスだけではなかった。



「まぁ、そんなに慌てないでくだサーイ。それよりも、イベントでお疲れでショウ。軽いシェリーでもいかがデース?」
そう言ってニッコリと微笑みながら自らグラスに注ぐと、ペガサスは海馬にグラスを差し出した。
勿論、海馬は未成年であるが、仕事の付き合い上、飲めないと言うわけではない。
それに ―― 実は既にこの日の最終便は出航済みであり、今更慌てたところで島を出る手段などないのである。
(そう、夜は長いのデース。今夜こそはゆっくりと海馬ボーイと楽しみたいのデース)
幸い、いつも海馬の警護をしている黒服たちも、この日は子供がメインのイベントで怖がるといけないからと追い払い済みである。
その上、兄弟愛麗しく一緒にいることの多いモクバも不在となれば ―― これほどの好機はそれこそ千載一遇と言っても過言ではない。
そう、ちょっとシェリーに細工をして。
あとは既成事実あるのみ、である。
しかし、
「相変わらず姑息な真似をするヤツだな。こんな手が通じると思うとは…舐められたものだ」
ペガサスが薦めたグラスがその朱唇に触れるかと思われた瞬間、そこから発せられたのは更に冷たく凍りつくような声だった。






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初出:2006.11.20.
改訂:2014.09.20.

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