白竜降臨 03


絶対に自分で歩くよりは早いとは判っていた。
しかし、車内でイライラとしていたモクバは漸く車が止まると、自らドアを開けて飛び出した。
「あっ…お帰りなさいませっ、モクバ様」
いつもなら車のドアから玄関まで出迎えるメイドや執事達であるが、彼らが整列するよりも早くその場を駆け抜ける。
それこそ、「ただいま」と返事をすることすら惜しいくらいに。
そしてモクバは迷うことなくサンルームへと向かい ――
「ただいまーっ!」
息を切らしながらそう声をかけると、穏やかな日差しに包まれた影がゆらりと動いた。
「お帰り、モクバ」



穏やかな午後のひと時。
温かい日差しに包まれたサンルームの一画では、モクバが瀬人と午後のお茶を楽しんでいた。
「それでね、兄サマ。同じクラスに、斉藤ってヤツがいるんだけど、そいつが面白いヤツなんだぜぃ」
話の殆どは他愛もないことばかり。その日に学校であったことや、友達との出来事。
それからテレビアニメやドラマの感想や話題のゲームソフトの話 ―― と、主に話すのはモクバの方で、一生懸命に話すその姿を、瀬人は微笑ましく見守っていた。
外の喧騒がまるで別の世界のように遮断されたそこには、切り離すことなどできないのではと思われていた瀬人の多忙も全く見えなくて。
まるでこの場の時間だけが、別の次元で動いているようだ。
それに、
「クククっ…それは愉快なヤツだな」
優雅に足を組み、左手を口元に当てて苦笑する。
それは撃退したデュエリストに向けるような高笑いとも、ビジネスで見せる愛想笑いとも異なって、和やかな雰囲気を壊すものではなかった。
「だろ? 兄サマにも見せたかったくらいだぜぃ」
知らないことなどないのかと思えるほどに博識で、機知にも富む瀬人ではあるが、逆に最近流行の一発モノやB級クラスのものには興味を示すことなど滅多にない。
それこそ、ビジネスに関わることであればまだしも、小学生の言葉遊び程度のことであれば、幾ら面白かったからとはいえモクバの方が話すことを躊躇うくらいだった。
今までの多忙を極めていた瀬人であれば、それこそ「ただいま」と声をかけることですら邪魔になるのではと思えるほどに余裕がなくて。
そもそも、平日のこんな時間から、家にいることなど考えられることではないから。
ところが、ここ数日の瀬人はそんな些細なモクバの話にも最後まで付き合っているし、大体、仕事の雰囲気など微塵もないのだ。
あれほどのワーカーホリックで、仕事とデュエルで生きているようだった瀬人が、である。
その上、
「モクバ、学校は楽しいか?」
「ああ、勿論だぜぃ」
「そうか。それは重畳なことだ」
そう言う表情は、それこそ、兄が最愛の弟を見守る優しさと慈しみに溢れた笑顔で。
その昔、まだ二人が海馬の姓を名乗る前に交わされて以来の穏やかな時間だった。
本当にあの頃の2人に戻ったようで。
いや、あの頃のまま、時間が経過して今にあるような錯覚さえ感じるほどで ―― 。
と、その時、
不意にそれまでは和やかに談笑していた瀬人の表情が止まり、ゆっくりと席を立った。
「…兄サマ?」
突然のことに驚いたモクバが見上げると、瀬人は今まで以上に柔らかい笑顔を向け、そしてドアを見た。
その行動でモクバもつられてそちらを見れば ―― そこにはいつの間にやってきたのか、海馬邸の家政婦頭である滝山が立っている。
そして、
「お邪魔をして申し訳ございません、モクバ様。瀬人様がお目覚めになられました」
そう言って頭を下げる滝山の側を、まるで何事もなかったかのように瀬人は通り過ぎて行った。






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初出:2006.12.17.
改訂:2014.09.20.

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