白竜降臨 04


童実野高校にいた海馬の元にその連絡が入ったのは、丁度6時間目の授業が終わったときだった。
―― PPP…
終業のチャイムと授業が終わった開放感から賑わう生徒の声で、その電子音はともすれば聞き逃しそうなほどに小さなものであったのだが、
「…どうした?」
着ている服は制服であっても、その襟元にはKCのロゴをあしらった襟章がある。
その襟章に口元を近づけながら、海馬は席を立った。
一見は何の変哲も無い襟章だが、そこには超高性能な通信設備が組み込まれており、衛星中継を介してどこに居ても連絡が取れるようになっているのは周知の通りだ。
「…いや、こちらには連絡はないが…」
どうやら込み入った話のようで、海馬はそのまま雑音を避けるように教室を出ると、そんな後姿を何気なく見送っていた本田が口を開いた。
「…なんだ、海馬のヤツ、やっぱりいつもと変わらないじゃないか。ちょっと仕事に余裕が取れてただけなんじゃないのか?」
そういう本田だが、どうも城之内はまだ納得がいかないようだ。
「でもよぉ〜、絶対ヘンだぜ。俺は納得いかねぇな」
「たまに学校に来た位でそんな風に言われるなんて。幾ら海馬君でも、それは心外にもなるわよ」
そんな風に珍しく海馬の味方のようなことを杏子まで言い出せば、城之内もそれ以上は強くは言えないようだ。
しかし、
「でも…絶対、おかしいぜ。なんかこう…上手く言えないけど、違うんだよ」
それでもまだ納得のできない城之内が呟くと、遊戯もどこか不安そうに口を開いた。
「…うん、そう言われるとそんな気もするよね。大体、もう一人のボクの方も、ここのところヘンだし…」
「そう言われると、僕の方もそうだよ、遊戯君。リングの僕ったら、学校に来るのを凄く嫌がってたんだよね」
ちょっと前なら、海馬が来ているというだけで代れと煩かったもう一人の人格たちである。
それを思い出せば、やはり何かが違うという感じは拭えなくて ――
そんな遊戯たちに、いつの間にか教室に戻ってきていた海馬は、そこはかと知れない威圧感を漂わせつつ、半ば呆れるように呟いた。
「ファラオや盗賊王は黙らせたから心配は無いと思っていたが…駄犬とはいえ、やはりイヌは鼻が利くのだな」
「え?」
ファラオや盗賊王 ―― と。前世とかいったものは全く信じていないはずの海馬の口からその名前が出て、遊戯は驚いて海馬を見上げた。しかし、
「誰がイヌだっ!」
凡骨デュエリストからまた格下げされた城之内は本気で悔しがり、一瞬、犬の着ぐるみ姿を思い出した杏子たちは城之内には悪いと思いつつ苦笑をこらえている。
そして、
「ああ、判った。私もすぐに戻る。それまでセト様をお守りしておけ」
そんな、キャンキャンと煩い城之内を無視するようにKCバッチのマイクに告げると、海馬は制服の裾を翻して再び教室を出て行った。



一方 ――
「滅びの爆裂疾風弾―っ!」
見据えた海馬の掌から溢れるほどの光が迸り、ペガサスは一瞬にして光りの洪水に呑み込まれていた。
「そんな…馬鹿なっ! デッキは持ってきていないはずデース!」
イベント会場からそのまま招待した海馬である。デッキは勿論、カードだって手持ちではなかったはずである。
だが、
「フン、この俺を…そこらの雑魚モンスターと一緒にするな!」
そう言って凛然と佇む姿は、まさにデュエルをしているときと同じ。
いや、寧ろいつもより好戦的で。
まるで次に指一本動かせば、二度と動かずに済むようにしてやろうかと待ち構えているかのようだ。
しかし、
「ホワーット! 何故デース? 今のは間違いなくバーストストリーム。なのに…何故、ブルーアイズがいないのデース!」
いつもなら、バーストストリームを放った青眼は、たった一人の主である海馬を守るようにその場で威嚇を続けるものだ。
それこそ、次こそは息の根を止めてやろうとするように。
だが、
「…ッチ、やはりコイツも抹殺すべきだと思うが…クリスの仕事に差し支えては拙いか」
そう忌々しそうに呟くと、海馬は身を翻してそのまま海岸へと向かっていった。
勿論それは ―― この島から出て行くつもりなのであろうが。
「Oh、海馬ボーイ。待つのデース。今夜の最終便は既に出てしまっていマース!」
今更そんなことを言えば、既に気が立っている海馬である。怒り狂うのは眼に見えているが、だからといって一晩外で過ごさせるなどということもできるはずは無い。
最悪の場合は、ペガサスがII社からヘリをチャーターするかとも思ったのだが、
「…それがどうした。ここから日本までなど、俺にとっては容易いこと。二度と貴様の甘言には乗らぬわっ!」
そう言うや否や、海馬の姿は再び光の渦に包まれて、次にペガサスが気が付いたときには、既にその姿は消え去っていた。






03 / 05


初出:2006.12.25.
改訂:2014.09.20.

Heavens Garden