白竜降臨 05


童実野町で最も高いビルといえば、勿論海馬コーポレーションの本社ビルであることは一目瞭然であるが、それでは最も豪奢な屋敷は?と聞かれたら、誰もがやはりその名を上げることだろう。
海馬コーポレーションの歴代総帥が住まう屋敷、海馬邸。
中心地からはやや外れているが、その代わりに小高い丘の上に建ったこの屋敷からは、童実野町をその足元に見下ろすことができる。
まさに、足元にひれ伏させて、といったところで ――



「しっかし…」
その海馬邸を前にして、城之内は大きなため息を一つついていた。
「いつ見ても、でかい屋敷だよな。掃除するだけでも二、三日はかかりそうだぜ」
ぐるりと屋敷を取り囲む白亜の塀に、手入れの行き届いた庭。門から玄関まで歩くだけでもちょっとした散歩になりそうだし、広大な庭の一画にはプールやヘリポートがあることも周知の通りである。
しかし、
「今更、ビビッてるんじゃねぇぞ、城之内!」
「だ、誰が、ビビッてなんか!」
そんな掛け合いを言っている本田と城之内だが、二人とも心なしか声が上ずっている。
勿論、現在ここに住んでいるのは海馬兄弟だけ ―― 使用人は別として ―― ということは判っているのだが、庶民感覚を自負して止まない身ともなれば、このギャップには戸惑うなというほうが無理である。
しかし、
「大丈夫だよ、この辺りには何も仕掛けとかしてないはずだから」
「そうだよね、ちゃんとした正規ルートを取れば大丈夫だよね」
そんなことをニッコリと笑いながら言う遊戯と獏良(勿論、両方とも、表の人格)に、杏子や御伽は苦笑するしかないところだ。
「何、仕掛けって?」
「うん、気にしないでよ。もう一人のボクや、闇のバクラ君対策用だから」
「そうそう、そんなことをすれば尚のこと攻略されると思うんだけど…海馬君もそういったところは意固地だからね」
そうやって邪気のない表二人に笑顔で言われても、実感はつかめないところだ。
と、その時、
「…誰かと思えば、お前達か。何の用だよ?」
声は子供でも、口調と態度は兄譲り。とても小学生とは思えない尊大振りのモクバが玄関の前に立っていた。



「言っておくが、今日は兄サマには逢えないぜぃ!」
そうは言いながらも応接室に全員を通すと、モクバは
「だから、それを食ったら、さっさと帰れよ」
とまで言い放つと、どこかそわそわとした雰囲気だ。
それを、
「って、随分冷たいじゃないか。折角、プリントを持ってきてやったんだぜ?」
と、お約束のように城之内が言えば、
「プリント? 学校にはアズ…兄サマが行ってたはずだぜぃ?」
モクバも黙ってはいない。しかし、
「うん、そうなんだけど…今日の宿題のプリントが配られる前に、海馬君が帰っちゃったからね」
と遊戯が言えば、それは嘘ではないが、思いっきりの口実でしかないことも事実である。
どこがどうとはいえないが、ここ数日の海馬に違和感を抱いていたのは城之内だけではなく、しかもいつもだったら絶対に認めない「ファラオ」とか「盗賊王」という言葉を漏らしていて。
気になるなというほうが無理というものだ。
それに、遊戯や獏良にしてみれば、もう一人の存在の方も妙であるともなれば、やはりこのままにしておくこともできなかったわけである。
とはいえ、何がどうとはっきりとも言えないので、聞きようもないのだが、
「モクバ? ここにいるの?」
ノックもなしにドアを開けたそこには、珍しく普段着姿の海馬瀬人の姿があって。
「ジ…兄サマ!」
慌てたモクバは直ぐに席を立ってドアに向かおうとした。
しかし、
「瀬人ちゃんが呼んでるんだけど…って、うわっ、何でゆーぎたちがいるの!」
そう言ってドアを開けた瀬人の口調に、驚いたのは遊戯たちのほうである。
更に、
「モクバはここか? セト様がお呼びに…」
そう言って、別のドアから入ってきたのは ―― やはり海馬瀬人の姿で。
「え? 海馬が…二人?」
「どういうこと? え? 海馬君って、双子?」
驚いて席を立った城之内が、まさに鳩に豆鉄砲といったように二人の海馬に目を見張る。
しかも、
―― キシャーっ!
突然、どこかで聞いたような咆哮と眩い光がベランダに舞い降りたかと思うと、それはやがて人の姿となって、
「クリスが気がついたというのは本当かっ!?」
そういって現れたのは ―― やはり、海馬瀬人。
「ぎゃあー! か、海馬が三人っ!」
流石にこの状況にわけが判らなくなった城之内が、腰を抜かしたのは言うまでもない。






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初出:2007.01.07.
改訂:2014.09.20.

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