白竜降臨 06


どの「海馬瀬人」も、見覚えはあった。
見慣れた学生服姿、見慣れた白のスーツ姿、見慣れた紫のシャツにスラックスの普段着姿。
それらをそれぞれに着こなしながら、柔らかそうな栗色の髪に天上の穹にも等しい蒼い瞳であるところは寸分も違うところはないとも思える。
しかし ――
「海馬君が…3人?」
はっきり言って、海馬のやることに一々驚いていては、童実野町では生きていけないとまで思っていた遊戯である。
歩く百科事典とまで言われた才知に洗練された身のこなし。
黙って微笑めば10人中10人を魅了する美貌の持ち主でありながら、その生き様は余りに苛烈で。
どんな非常識も「海馬瀬人」であるからということだけで許されてしまいそうな存在である。
しかし、
「前に作っていた、サイバー海馬君、じゃあないよね? え? もしかして海馬君って、本当は三つ子だったの?」
以前、マインドクラッシュによって海馬が倒れたとき、万が一を考えて作られていたサイバー海馬と対戦したことがある遊戯である。
だが、今、目の前に居る3人の海馬にはあのときのような機械的なところは微塵もなく、どう見ても生身にしか思えない。
その叡智は計り知れないと評される海馬であるが、それにしてもここまでのアンドロイドなど物理的に不可能としか思えなかった。
事実、
「三つ子っていうか…クローンのほうが信じられそうだね。こうまでそっくりだと…」
「え? でも、クローンなんてそんなに簡単に作れるものじゃないんでしょう? それに、そんなに早く成長するものでもないし。あ、でも、海馬君なら…」
その手の話題ならかなり興味のある獏良までそんなことを言い出すものだから、
『あ、相棒っ〜!』
『おいおい、宿主サマ。その辺でやめておけって…』
余りに突拍子もない事をと思ったのか、慌ててもう一人の遊戯とバクラが、それぞれの主人格を諌めようと心の部屋から叫んでいる。
その口調はどこかビクビクとした感がないではないが、それを聞くことができるのも、同じ身体を共有しているそれぞれの主人格 ―― 当の遊戯や獏良だけのはずだった。
しかし、
「全く…使えぬファラオに盗賊王だな。宿主の手綱くらい、きちんと締めておけといっておいたはずなのに」
どうやら海馬にはもう一人の人格の声も聞こえているようでだ。
しかも、
「フン、だから俺は最初から言っていただろう? ファラオだかヘンリーだか知らんが、いっそのことこの場で主人格ごと抹殺すれば、クリスの憂いも晴れるというものではないか?」
「イブリースはまたそういうことを言うんだから。瀬人ちゃんは自分の力で打ち破ることを望んでいるんだから、邪魔しちゃだめでしょ?」
全くの瓜三つに見えた海馬であったが、その口調と態度にはそれぞれ異なるところがあった。
まさしく、三人三様。そして、その「3」という数字になんとなく心当たりは ―― 無きにしも非ずだ。
そう、まさかとは思うが ――
「…おい、ちょっと待てよ。まさか…」
つい先程腰を抜かした城之内であったが、容赦なく見下ろす三対の視線にははっきり言って覚えがあった。
いついかなるときでも、たった一人の主と決めた瀬人にだけ従う最強のモンスター。
どんな相手にでも手加減などということは一切せず、正面から立ち向かい、薙ぎ払い、踏み越えて突き進む、まさに闘神ともいえる最強のドラゴン。
その気性は主に負けず苛烈で、主のためなら容易く実体化する究極の守護神 ――
「全く、お前らってば…兄サマとブルーアイズたちの区別も付かないのかよ?」
そうモクバが呆れたように呟けば、遊戯や城之内は勿論、ここについてきた全員が息を呑んだ。
「じゃあ、やっぱり !?」
デュエルモンスターズのカードの中には、その持ち主と心を通わせ、ごく一部のものにだけ姿を見せるものがある。
それは俗に「カードの精霊」といわれているが、その中でも青眼は特殊だった。
余りに強い霊力を持つせいか、ごく普通の人間にでもその姿を見え、しかもほぼ実体化まで可能にしていたのだ。
当然、攻撃力も同様で、デュエル以外で「爆裂疾風弾」に吹き飛ばされたものも数知れない。
しかし、それでも今までは青眼が実体化したものと一目で判るように、その姿はカードと同じ青い瞳の白竜だったはずである。
「それにしたって…海馬君とそっくりじゃない?」
「っていうか、外見だけならそのものだぜ」
「ホントにそっくりだけど…それじゃあ、ホンモノの海馬君は…?」
そう遊戯がモクバに尋ねようとした、その時 ――
「俺ならここにおるわ!」
そう言ってドアを開けて入ってきた姿を見て、再び遊戯たちは言うべき言葉を失っていた。






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初出:2007.01.14.
改訂:2014.09.20.

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