白竜降臨 09


子供の姿になってしまったのも納得はできなかったが、それが元に戻ると言われても「はい、そうですか」とは行かないところで。
だが、青眼たちの妙な気迫には逆らえず、表遊戯たちはそれ以上の追求もできずに帰路についた。
そのため、残されたモクバはやや不安で落ち着かなかったのだが、
「心配するな、モクバ。青眼たちも、明日には元に戻るだろうと言っているからな」
そう言い聞かせて先に休ませると、瀬人は青眼たちとともに自室へと戻っていった。



確かに見慣れた自分の部屋ではあったが、子供の視線のせいか、いつもより広く感じて。
シンプルと言えば聞こえは良いが、あまりにさっぱりとした部屋の様子には、どこか寒々しさまで感じてしまいそうだった。
「大丈夫ですか?」
そんな瀬人の様子を窺うように、瀬人 ―― アズラエルが声をかける。
「子供の視線で見ると、やはり殺風景すぎますね。何か…お写真でも飾られますか?」
「…そうだな」
部屋などに気を使う気はなかったが、こうしてみれば確かにモクバが心配するのも頷ける。
それが強いては今回の騒動の発端にもなったかと思えば、改善することに否はないことだ。
ましてや、そう難しい話でもない。
「そういえば、モクバと撮った写真があったよね。あれを引き伸ばせばいいんじゃないかな?」
「施設で撮ったやつか? あれは他人の目に晒すものでもなかろう。それなら今年の入社式の写真の方が…」
「瀬人ちゃんが白いスーツ着てる写真? うーん、確かにあれもいいよね」
ジブリールとイブリースがそんなことを話しているが、瀬人のほうは上の空だった。
この数日間。確かに瀬人の身体はこの部屋にあって、ずっと眠りについていた。
しかしその感覚は全くなく、それどころかその間、青眼たちが「海馬瀬人」として生活していた全てを記憶さえしていた。
そう、毎日学校に行って授業を受け、KCの社長業をこなし、モクバと他愛もない会話を楽しんで。
共鳴感覚 ―― とでも言うところか。
確かに以前から、青眼たちと自分の間には、言葉で言い現せない繋がりがあることを感じていた。
しかし、これはそんな簡単なことではない。
ましてや、相手はデュエルモンスターズのカードの存在。
幾ら無二のカードとはいえ、そんな存在に甘えることは ―― 自身のプライドが許さない。
しかし、
「大丈夫ですよ」
そう安心させるようにアズラエルは囁くと、幼い瀬人の視線にあわせるように、静かに膝を着いた。
鏡で見慣れた自分の姿となんら変わりはない。
だが確かにそれでは自分ではないと思えば ―― その蒼穹の底にある意志に、自然と心は揺らいでしまう。
そんな瀬人の様子に気がついたのか、
「この前のような無理示威はしません。ゆっくりお休みされたのですから、それは必要のないことでしょう?」
そう安心させるようにアズラエルが告げれば、
「なっ…」
その瞬間、今回のきっかけになったと思われる出来事を思い出して、幼い瀬人の表情に朱が走った。
おそらくはアレがきっかけ。と言うことは、元に戻るのも同じことをするのかと思うと、認めたくはなくとも身体は自然にカッと熱くなる。
しかし、
「忘れないで下さい。私たちは貴方をお守りしたいだけ。貴方がここにいるから、我々も存在するのです」
そうアズラエルが誓うように告げると、他の2人もその通りと言うように優しく瀬人を見つめていた。
それはまるで幼い頃、いつも側で見守ってくれていた母の温もりにもどこか似ていて。
(そう…か。だから…)
思い起こせば丁度今の瀬人の年頃。
モクバが生まれるか生まれていないかという幼い ―― 瀬人が最も無防備に幸福に包まれていた頃のことで。
敵などというものも存在しない。
瀬人の時間の中で、最も安らかで幸せだった瞬間の時代。
だが、
「…休むのは十分だ。俺には俺の進むロードがある。いつまでも、過去に囚われる気はない」
そう断言する瀬人は、姿こそは幼いままでもその蒼穹の輝きは誰にも負けないほどに気高くて。
「はい、我が君」
「Yes, my master」
「瀬人ちゃん…」
孤高の主は常に未来へ立ち向かう。
それは痛いくらいに判っているから ―― 従うだけだ。
そのことを改めて認識した三人の「瀬人」は深く頭を垂れると、やがて白竜の姿に遷り変わり、その長身で幼い瀬人の体を守るように包み込んだ。
そして ―― やがて瀬人もその温もりの中に溶け込むように、静かに眠りについていった。






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初出:2007.02.04.
改訂:2014.09.20.

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