ドラゴンの宝珠 02


ふわりと宙に浮くような感覚に囚われた瀬人は、そっと声のする方に手を伸ばした。
デスク以外は電気を切って、暗闇となっていたはずの部屋である。
だが、そこだけはどこか温かい光に満ちていて、そこには ――
『大丈夫ですか、セト様?』
そう囁いて抱きとめたのは、何があっても見間違えるはずもない、忠実なしもべ。
「…ブルーアイズ…アズラエル」
瀬人がその名を呼ぶと、しもべは嬉しそうに自分と同じ蒼穹の瞳を細め、そっと甘えるように額をこすりつけてきた。
その感触は、とても幻想や夢とは思えない。
少しひんやりとしながらもやさしく瀬人を抱きとめる龍身。
まるでひな鳥を守るかのように覆う翼。
その全ては、瀬人の開発したソリッドビジョンでは決して出すことのできない存在感を与えていたが、それを悔しいと思う心は瀬人にはなかった。
何故なら ――ソリッドビジョンは3Dを駆使した技術に過ぎない。
どうあがいても、「現実」には適うはずもない ―― から。
そう、これが現実であると、瀬人は全く疑う余地もなく信じていたのだ。
そこにいたのが、魂の半身ともいえる「青眼の白竜」であったから。
それも、
『今夜はもう…休んだほうがいいな、クリス』
『そうだよ、瀬人ちゃん。無理はだめだよ』
そう言って心配そうに見下ろすのは、やはり青眼の白竜 ―― それも、二体。
「イブリース…ジブリール…」
この世に青眼の白竜のカードは三枚のみ存在する。
そして、その全てを所有する瀬人には、その三枚それぞれが同じものでないことを知っていた。
アズラエル
イブリース
ジブリール
天使の名をもつその三枚のしもべは、いつも己の側にあった。
そう、あの熱砂の国においても、荒野の戦場においても ―― 。
しかし、
「すまぬな、お前達にまで心配をかけた。だが、大丈夫だ」
そう応えて机に戻ると、瀬人は再びその細い指をキーボードに走らせた。
「この件だけ片付ければ休む。心配は無用だ」
そう振り切るように言えば、三体のしもべは悲痛ともいえる声を上げた。
『セト様っ!』
『判ってるの、瀬人ちゃん。瀬人ちゃんの精気(オーラ)、随分と小さくなってるんだよ?』
『そうだ。今は無理をせずに休むべきだ』
ソリッドビジョンの効果においてでは、青眼の白竜は見上げるほどの大きさと、竜族最強の威厳を誇る姿を見せる。
だが、今の青眼たちはその大きさは通常の一回り以上も小さく、存在もどこか儚いものを感じさせた。
それはまるで今の瀬人の弱さを現実化させたようでもあり ―― そのことが、更に瀬人を追い詰める。
それを肌で感じた瀬人は、どうしても素直にはなれなかった。
だから、
「休まぬとは言っていない。これが終わったらと言って…」
『…そんなに無理を重ねたところで、決して悪夢は消えるものではないぞ』
その中でも、猛々しさをなんとか保とうとしているイブリースがそう呟くと、他の二体はハッと息を呑んでイブリースと瀬人を見た。
「な…んのことだ?」
『デュエリスト・キングダムでの地下牢 ―― といえば忘れてはおらぬのだろう、クリス?』
「イブリース、貴様…」
ゾクリと背筋に悪寒が走る。
今更綺麗ごとを言うつもりもなく、そんなことが言えるものでもないことは良く判っている。
しかし ―― それを認めるのと理解するのは別物だ。
だが、
『忘れるな、クリス。俺たちはお前のためだけに存在する』
そう言って瀬人の身体を包み込むと、そのままベッドへと運び上げた。
「イブリース!?」
驚きと ―― 半分だけの怒りで瀬人が見上げれば、そこにはまるで自分たちの方が激痛に身を焼いているかのように辛そうな瞳が三対あって、
『忘れないでください。いつも私達はセト様と共にあるということを』
『忘れないで。瀬人ちゃんだけが、僕たちの望みだってことを』
『忘れるな。クリスだけが、俺達の全てだということを ―― 』
そう囁きながら舞い降りてきた温もりに、いつしか素直に身を預けていた。






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初出:2007.03.17.
改訂:2014.09.20.

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